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夢ーみん庭日録
せっせとお庭をつくります。 さてさて  今日はどんな一日になるのでしょう

トポロジカル・時計台

07.05
Sat
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京大時計台内ホールへ中沢新一講演を聞きに行ってきました。
主催は「仮想地球」研究会。
次回は、7月26日「イネ科雑穀の起源と伝播ならびにその食文化」
だそうです。一応お知らせ。



時計台周辺に多くたむろする学生達が、なんともはや・・・まるで高校生みたい・・いつ来てもこの風景に隔世の感を覚えます。^^




以前からお誘いもあったのですが、今回始めて参加。
今回は波照間行きでお世話になった、アウエハント静子さんが沖縄から出席されるとのこと。是非お会いしたかったので、時間を作りました。
締め切りのある頼まれ事やら、夢ーみん庭の段取りやら、新しいPCへの移行やら、とても忙しい毎日が続いています。まとまった時間が中々とれず、鶴見俊輔氏、永六輔と趙博のステージにも行けずの6月でした。


中沢新一氏の著作は大昔に「チベットのモーツアルト」を読んだのみ。印象としてはレビ・ストロースへの傾倒、フランスの思想家の紹介、浅田彰とセットのブーム、・・・その程度でしたので、なかなか初対面の新鮮な楽しさがありました。
色々と思うところもあるのですが、批判といっても悪口ではなくそれを的確に述べるについては、簡潔にまとめられず、今一番に避けたいところの時間をとられることになりそうなので、ポジな単純な感想のみ。


彼独自の言説、「対称性人類学」がテーマでした。
無意識を包括する深層構造を解明する解析の仕方です。それを対象性心理学。キーワードは神話。
生物学系学問、微積分学、技術、因果律、時間律等で市場を動かすメカニズムだけで心が動いているというのは錯覚だ。心は高次元性を持ち、市場原理はゲーム感覚。
レビ・ストロース、フロイト、ラカン、南方熊楠、次々とフィールドを変えて展開し、人間の心のメカニズムを解析しようとします。



印象的だったのは彼のパフォーマンスのよさですね。
あんな感じのいい人とは思わなかったです。
話方が巧みでよどみない。
3時間余り話し続け飽きさせませんでした。
これが今の若い人たち、ニートや引きこもり、鬱で困難な状況にいる若い人たちの力になれるパフォーマンスなら、評価倍増です。どうなんでしょう?




レビ・ストロースの弟子のアウエハント氏が日本滞在時、その時まだ学生だった中沢新一さんとのお付き合いもあって、静子さんも再会を喜んでおられました。
お二人のツーショット。
中沢新一氏に無断でアップはいいのかな?と思いつつ。↓





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波照間へ

06.02
Mon
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5月27日〜30日波照間島へ行ってきました。
上の写真は宿からの眺め。




どんなに遠い所かと長い間行きたい願いを手付かずのまま置いておいたのですが、行くと決めれば行ける。^^スムースな行程でした。
関空出発から那覇空港で石垣行きに乗り換え、石垣港から高速船で一時間、飛行機なら20分、乗り継ぎ時間を入れて5時間足らずで到着です。



梅雨入りしたばかりの沖縄八重山の天気予報は雨。近くで台風まで発生してましたが、連日ピーカン晴れ、気温は34℃〜37℃。雨具は使わずじまいですみました。
暑かったよ〜
日本とフィリピンのちょうど真ん中の波照間島は亜熱帯モンスーン気候地帯に位置し、10月までこの調子の暑さが続くそうです。



帰宅してやっと昨日撮った写真を見て旅を思い返していました。
連日予期せぬことが起こり、毎晩、一日の終わりには「今日のサプライズは何?あれとあれ」なんて娘と指折って話していたほど、短いけれどたっぷり中身の詰まった旅となりました。


そして、この波照間への旅の感想を一言でまとめるなら、




嗚呼、また行きたや、波照間へ!










26日、関空早朝出発に備えて前泊した関空隣接ホテルは、ホテル側の手違いで予約した格安料金の部屋が用意できなかったからと、同料金でスイートルームに案内されて宿泊。
広いお部屋でした。3DKの間取りでDのスペースがバスルーム。





27日、石垣空港から離島桟橋へ直行。荷物を船会社に預けて西表島へ。マングローブの中を仲間川クルージング、牛車で由布島へ。
石垣島泊。ここのホテル一泊と往復航空券で3万5千円の旅行パックです。
この日のサプライズは、仲間川で私たちが乗っていたボートがカヌーで川下りしていた人をレスキューしたこと、それから由布島で帰りの牛車が先に出発してしまい、私と娘だけ別に牛車を出してもらって帰ったことかな。





28日、石垣島離島桟橋より高速船で波照間島へ
レンタルサイクルで日本最南端の碑まで。
宿前のニシ浜でシュノーケル。
アウエハント静子さん紹介の島の神司ミチコさんに島内を案内してもらう。
夜は偶然同じ日について同じ宿にいる人がミチコさんの親戚を訪ねるということで、ご一緒にどうぞとミチコさんからのお誘いです。
古いお家にて期せずして楽しいゆんたく!





29日、レンタルサイクルで星空観測塔でプラネタリューム。
ボートで沖合いに出て、ボートシュノーケリング。
海がめが泳いでいたよ。
ミチコさんの案内で島内めぐり。
夜、宿のヘルパーさんに誘われ、三線ライブへ。
南十字星が見えたよ。




30日、レンタルやさんで今日は自転車でなくバイクを貸してくれって云ったら、「娘さんはいいけど、あなたは危ない。私が車で連れて行ってあげよう」ってことになり、レンタルやさんのおじさんの車に乗って島の売店までお土産を買いにいく。
ちょうど「泡波」という泡盛の販売日でとても幸運だったとか。
数が少なく、いつ出来上がり販売されるかわからなくて、村の共同売店に出ると半日で売り切れ、島の人も一人一本しか買えない、幻の泡盛なんだそうな。
650円の泡盛が、石垣で2000円、那覇では一万円、それは儲けすぎだよなとおじさん。
私は飲めないからわからないけど、娘によると、感動的においしい!らしい。

ニシ浜でシュノーケルちょっとと、浜辺でぼーをたっぷり。
16時発の飛行機エアードルフィンで石垣へ。
那覇から関空へ着いたのが20時すぎ。
この日の一番のサプライズは、関空におっとっとさんが迎えに来てくれていたこと。
泡盛の入った重たい荷物を車に積んでほっ。

ソーキそばとマングローブと牛車と

06.02
Mon
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石垣島離島桟橋で昼食。八重山諸島での始めての食事です。
ソーキソバにはとうがらし入りのお酢をかけます。





マングローブの中、仲間川を遊覧船にのりました。




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この木の根っこは一年に4ミリ大きくなり、木の幹ではなく根の幅の大きさが年輪です。
樹齢600年の木。



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この川で採れるシジミは10センチ以上。大きいね。



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カヌーで川下りしていたグループの一人がギブアップし、遊覧船に乗船です。その間マングローブの枝に掴まって待っているメンバーたち。

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牛車に乗って浅瀬を渡り由布島へ。
由布島の植物園を出たら帰りの牛車はもういない。
行きに乗せてくれた牛の優作君にまた登場してもらい、娘と二人だけ運んでくれました。
水に浸かって休んでいたのに、ごめんね。優作くん。



いいよと帰る優作君。


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由布島はもう住人はおらず、植物園のみ。



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中に蝶々館がありました。


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↑の蝶々のさなぎ。黄金色。黄金のど飴そっくりの光沢。



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石垣島の夕べ

06.02
Mon
石垣島は八重山諸島の交通拠点であり、町には飲食店やおみやげやさんもたくさん。


テレビで見て知っていた「ハマサキのおくさん」という名前の魚はなかったけれど、この地ならではのお料理を堪能。


ミーバイのマース煮(マースは塩)

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アダンの味噌和え


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ヤシガニ汁
あと、モズクと、ジーマーニー豆腐のおいしいこと!

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おみやげやさん、店内。
キジムナーがかわいい。

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市内の公園の真ん中に大きな碑が。
実弾後の戦争遺跡でしょうか。


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「山羊の流儀」

06.02
Mon
レンタルサイクルに乗って、
日本最南端の島の最南端へ。↓


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島を走るとそこかしこに山羊がいます。
飼われているものは首輪か紐に繋がれているけれど、その山羊が産んだ子供はそばでウロウロしてるとか、そのまま野生になっているものも多いそうです。



この場所は毎日通った道沿い。いつも2匹の山羊がまったりしてました。


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星空観測塔の海側にいたとき、海を眺めて振り返ると、この二匹の山羊がピョンピョンとまるで私をめがけてるみたいに、どんどん駆け寄ってきます。
びっくりしちゃった。




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餌付けされてるから?と思うくらい、ピッタリ私の前で立ち止まります。
「ごめんね〜何にも食べ物持ってないのよ」
と、声をかけると、にこっと笑(ったと思った)って、↓



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「ほら見て!」とばかりに、目の前でこんなことを。↓



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ほぉ〜っとひとしきり見せてもらったら、あとは何の話をすればよいのかわからず、とりあえずその場を立ち去ります。まだ頭突き(?)をしている山羊達にさようならって声をかけました。
そしたらちゃんと振り返ってくれて、シャッターをきらせてくれます。


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シャッターを切った後、またこのスタイル。
これは波照間の山羊の旅人をもてなす流儀でしょうか。
海をバックにお気に入りの一枚となりました。



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「波頭・ゆんたく・オヤケアカハチ」

06.02
Mon
島の中を自転車でビュンビュン走り回りました。
サンゴの岩石が飛び出た原野、サトウキビ畑、八重山特有のサンゴの石垣に囲まれた家並み。人口600人の島はめったに人とも会わず、ひっそりと慎ましく受け入れる佇まいです。
島を巡る道はどの道も辿り付く所は海。




海は雄弁。



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宿前のニシハマでシュノーケル。

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夜はmisokoさん宅にお呼ばれ。
サトウキビ畑にまいたクローバーの種の余りをおすそ分けしてもらいました。
ちょうど、不耕起農法で使うのがクローバーの種でした。
うちの畑にまいて芽が出たら写真にとって送りましょう。
島の住人とゆっくりお話できて本当に嬉しかったです。
ありがとうございました。



島の伝説の英雄、オヤケアカハチのTシャツを着た次男のユキオさん。
そのTシャツを写真に撮らせてと頼むと、
「え〜?Tシャツ?僕じゃないの?」って。(笑)↓



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オヤケアカハチは琉球王朝から、八重山諸島の統一独立の旗上げをした反乱軍の頭です。敗退、処刑されたものの、英雄として語り継がれ、波照間はその生誕の地であるとか。



コルネリウスアウエハント著「波照間:南琉球の島興文化における社会」によると、琉球王朝による八重山諸島への支配は過酷であり、1500年代初頭には人頭税が課せられ、薩摩支配下を経て、明治初頭まで続いたとあります。
人頭税は島の収穫の8割に相当し、それを貨幣に換算して上納するというもので、不足分は荷役など、重労働に置き換えられていたとのことです。
また人頭税の人数に対する課税に加え、漁をする船、網にまで課税されており、全ては琉球王朝からの預かり物であるという支配体系下での生活。それが1900年初頭まで続いていたという歴史に唖然とするほかなし。
その歴史の事実の下地が、大正時代に大阪東京で「琉球人、アイヌ人、朝鮮人」を檻に入れて「人類博覧会」を開催した時代に繋がるのですね。




過酷な人頭税支配を逃れて、村ごとソックリと台湾に移住した跡もありました。今も台湾の原住民の中に、波照間の言葉によく似た言語を話す部族がいるそうです。
波照間の言葉、波照間語は日・琉語族の特異に分岐した、極めて重要な言語であるらしく、沖縄、他の八重山の言葉とも違うものであったとのことですが、この言語の信頼にたる言語学的解説はまだ発表されていないと、コルネリウスアウエハント氏は著書の中に記します。
奈良時代の日本語との比較を誘うような特定の要素が残っている事実があるが、(中略)空間的奥行きや時間差はこうした孤立した島興群で重要な意味を持っていた。(中略)全体として、言語学的問題についていまだほとんど注意がはらわれていないのは明らかであろう。
と、アウエハント氏の悔しさが伝わる著述です。


1965年当時より、全琉的な「日本復帰運動」のために、少なくとも学校では日本語標準語の使用が協力に推し進められて以降、現在島文化の独自性に関心が払われるようにはなってきているが、しかし、日常語でも殆ど使われなくなったようです。




コルネリウス・アウエハント氏はオランダの文化人類学者で、柳田国男の薫陶を受けた直弟子という学者です。彼は文化人類学者として波照間に滞在し学術的テーマ以上に、この島に魅了され、妻の静子さんと共に長く深い交流を持ち続けたのでした。
今、静子さんはオランダの寡婦年金をもち、オランダと那覇を行ったりきたりしています。
静子さんはこの島の案内としてミチコさんを紹介してくださり、また彼女の実家が偶然にも私の家の近所というよしみでもあります。静子さんとミチコさんに感謝。




そうそう、種子島にポルトガル人が来たことは教科書にも載っていますが、それより前にポルトガル人が寄港してそのまま住み着き、一族を形成した歴史もあるのだとか。
潮流の流れから行くと、まさに玄関口でもあるんですね。
孤立した島ですから子孫をふやすために、島の外からの人を歓迎したとかも。
アウエハウント氏の妻の静子さんに島の長老が、「島の為にあなたに目を瞑ってもらって許可してもらえないだろうか?」とお願いされた事があるそうです。
オランダ人のアウエハント氏の子供を何人かの女性に産ませて欲しいと。



結果?島にはオランダ人ぽい人はいなかったよ。

「青空食堂・星空ライブ」

06.02
Mon
昼食は青空食堂で。


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文字通りほんとの青空食堂。
お料理のどれもおいしかったです。




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事前にダイビング予約がとれず、がっかりしてたのですが、
宿の前のニシ浜でのシュノーケルがあまりにもよいので、
二日目は星空観測塔でプラネタリュウムを見てから、ボートシュノーケリングへ。
舟で沖合いのポイントに連れて行ってもらいました。
珊瑚の広がった海底にたくさんの魚。
素晴らしかったです。海がめにも遭遇!



午後ミチコさんのお迎えで島巡り。
昨夜、ゆんたくでご一緒した仙台からの元国会議員秘書(長い^^すいません。名前失念)のおすすめの浜にも連れて行ってもらいました。



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↑わかります?小さなこの浜のすべてが数センチの大きさの珊瑚のみです。
昔からずっとこの浜はこの大きさの珊瑚のみだそうです。
どんな潮の流れの仕組みで打ち上げられているのか?
歩くとゴリゴリと音がします。


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夜、宿のヘルパーさんに誘われて牛小屋星空ライブに。
沖縄伝統民謡の三線ライブで、波照間で牛を飼いサトウキビ畑をしながら、年に何回かは、東京、大阪等でライブをされている後冨底周二さん。
よかったです。
以前伊良部島で聞いた曲、でも曲名がわからず「肝が大事」という意味の曲だったと、リクエストしたら、あれかな?どうかな?と思案して、ドンピシャでその曲をやってくれました。
感動!
誰かがビギンの曲をリクエストしたら、「それは沖縄伝統民謡ではない」と即反応したのもよかった。^^でもちゃんと演奏してくれたけどね。




電気を消したら空は満天の星!
日本ではここだけという、南十字星が見えました。
朝プラネタリュームの説明聞いていてよかったわ。すぐわかりました。
感動!




少しだけですが、周二さんのライブの動画です。



わざわざ長野からファンのご夫婦も来られていました。
5名集まればこの牛小屋でライブしてくれるそうです。




神司(かみつかさ)とともに

06.02
Mon
ミチコさんの案内で巡った島の風景です。


この島は旧石器時代からの集落遺跡があり、島の伝承はその時代からの神仕え(神さまとの付き合い)を延々脈脈と今も伝えています。アメリカのホピ族もそうですね。私の解釈でいえば、日本の天皇家もそうで古事記日本書紀に依って伝えられる所の先祖代々一族の歴史に沿って行事を執り行っている。波照間には古事記日本書紀はないけれど、何世紀にも渡ってそれぞれのムラ、各一族が厳粛に伝承し守っている宗教的諸相があるといえるのです。



それらの行事を担うのは全て女性。ミチコさんも神仕事をする一人で、御獄の一つの責任を持たされた司の一人です。
伊良部島に行った時は、御獄(おたけ、うたけ、所謂祈りのスポット)の地図もあり、普通に訪れる事が出来たのですが、波照間は違う。




集落、一族の御獄は厳粛に守られており、部外者はおろか住人でさえ許された期間以外は立ち入り禁止の場所が多くありました。
勿論私もそういう場所は近づいておりません。
観光客が多くなってそこが危うい事を懸念されておられましたし、
私もここには何も詳しいことは記さないことにして、ただ風景としてアップします。




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これは日本最南端の交通標識です。^^止れでした。


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また行きたや〜波照間に

06.02
Mon
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レンタルサイクルやさんにバイクを貸してもらえず、お土産を買いに連れて行ってもらってから、あとは、最後の海をたっぷり楽しみました。



砂浜の砂の一粒一粒が白く輝いています。


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横の岩の上では、三線を爪弾く人が。
最後の海でなんちゅうピッタシのシチュエーション。
少しだけですが動画をとりました。










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帰路はエアードルフィン。機長を入れて10人定員の飛行機。20分で石垣です。
お天気もよくていい景色でした。
八重山諸島と珊瑚のリーフ。


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どこでもドア

05.25
Sun
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今度不耕起農法をやってみることにした庭です。
山際の小川から立ち上がって敷地になっている場所に大きな桜と楓の木があります。
その根元にけものみちがついていて、鹿やアライグマのラスカル君たちの通路の一つになっているようです。隣の敷地も造成されて以来、40年近く空き地のままで、そこから降りて来ている後が何箇所も見つかります。
鹿は2メートルくらいの小川の幅も、高低差のある場所も、ひょ〜いと軽々飛びこえるのだそうです。




以前、花畑にしようと撒いた花の種の新芽を全部ムシャムシャされ、
チューリップとムスカリの球根も掘り起こされ、
まるで彼等にはマカダミアナッツ並みのおいしさなんだろうと、
感心してる場合じゃないんだけど感心。
長年、栗と柿が彼等の餌場となっている既得権を認めざるをえなくって、撤退したのでした。
それが今年、春、
彼等が食べ残したムスカリとチューリップの球根から芽が出ているのを見つけました。





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次の年も球根の場所の土を掘り起こしたりしていたのですが、そういえば今年の冬は跡がありませんでした。
見つからずにすんだ球根がやっと芽も食べられずに、はじめて花を咲かせています。
山間部の耕作地が手付かずの休耕地となり増えていること。
アライグマ、鹿、いのししの捕獲が進んで数が減っているのかもしれない。
いのししの牡丹鍋はこの地方の名物で、牛肉や豚肉と同じように飼育されて専用の販売店もあるくらい。野生は特においしくて貴重。


とにかくこのムスカリとチューリップの芽をみて、
その時、そろそろやれるかもしれないと思ったことがあったので、今回すぐに決められたのでした。




土地は40年前の水田、その上にバラ石を積み上げ造成されています。
畑にするには、最悪の場所です。
土の中は粘土状の水はけの悪さと地表面はゴロゴロ石。
それに、義母が庭の手入れを頼んでいた地元の方が、ついでにサツマイモを植えていたあとのマルチの切れ端が、そのままあちこちの土の中から出てくるのもかなり状況悪し〜
ビニールと言うのは、何十年土の中にあっても全く劣化せずそのままの状態であるんですよ。当たり前かもしれないけど、掘り起こしていてびっくりします。
せめて塩素化ポリエチレンでなくって、30年以上前の単純ビニールなのがまだよかったと思うしかないかな。




シルバーさんに耕運機でガーと起こしてもらい、
その時、化成肥料なんて気休めだ。堆肥を入れなきゃどうもならんと、公営の有機肥料センターから堆肥を運ぶ段取りをつけてくれて、どさっと堆肥が入っています。
これが吉と出るか凶と出るかまだ未知数。
やぎさん農園さんに見てもらったら、窒素分が抜けてる質の低い堆肥だそうです。

最初頼んだ時は、有機肥料だからいいか位で、堆肥OKしたのですが、
今は自然農法と決めたので、
チッソ過多の濃い緑の、勢いの異常にありすぎる作物は作りたくないわけです。
土を柔らかくする効果だけで終ってくれたら一番いいのだけど。


ここが田圃だった頃、その田の持ち主だった、シルバーさんは、ここへ来れるのが嬉しいとそんな風に色んな手はずをしてくれます。
掘り起こした後、鹿除けネットも付けて貰いました。
出来ましたの連絡があって、見に行ったら、
ありゃりゃ、こんなことに。


これ頼んだわけじゃないんだけどね。
ネットを開閉するようになっているものだと思っていたら・・
自分のおうちに余ったのがあったのかなぁ?


どこでもドア〜












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新芽たち

05.25
Sun
銀杏


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紅葉もきれいですが、新芽もかわいい。



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はい。赤ちゃん楓の葉っぱの出来上がり〜


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転地、転機か?

05.16
Fri
それは4月の半ばくらいだったか・・
畑で草刈鍬で草を刈っていた時、
草刈といっても手の短い鍬で根から掘り起こしていて、
その掘り起こされて根を切られる草に対して私の行為はまるで「ジェノサイド(大量虐殺)みたいだ」と、感じた瞬間、振り下ろした鍬がぐさっと土の中のカエルに直撃。
うわぁ〜とそのカエルを慌てて別の場所に埋めてやって、戻って振り下ろしたら、次は左手の人差し指にコン!
付けていたゴム手袋をはずして指の根元を止血しながら作業を続けたのだけど、「これをきっかけに不耕起農法するしかあるまい」なんて頭をよぎった。
しかし、畑を借りている場合、一定の草を生やさないことがルール。
それに、やりだしたら徹底して草をとってしまう私のやり方もやり方だしね。
せめて一畝だけでもそのままにしておこうか?なんて思ったり。



それからその傷口は治るまで一週間以上かかり、
しばらくぶりで、畑に行ったら、その畑のオーナーがいて、マルチを敷いた畝の肩の部分になんと、除草剤を直接散布してる!
今まで突然畝の草が枯れてるのを見て、まさかと思っていたのに、やっぱりそうだったのか。
オーナーの畝と私の畝の間にもう一人借りてる人がいるから、まだよかった〜というかなんというか。

黙ってげんなり作業してる私に、オーナーが話しかけてくる話がこれまた・・・
なんと、モグラが多いので、畔に撒く殺虫剤を畑の土に鋤き込んでると。

畔用の殺虫剤は直接食料育成の土には使っちゃダメなのに・・





近郊農業は消費地が控えてあるから、規格を満たせば、すぐ手っ取り早く商品になる。だから農薬の使用が多くなるんだろう。
これって、都会の人の健康、精神疾患に、影響を与えてるんじゃない?




とにかく、これで決まり!
もうこの畑を借りるのはやめる事に決める。



おばあちゃんの残してくれた土地があるじゃないか。あそこに鹿やアライグマ用のネットを張って畑にしよう。そう決めると、以前頼んだことのあるシルバー人材センターに依頼の電話をかけてみた。
出来る人が見つかったら連絡しますとのことで、次の日連絡あり。
見つかったので現場での打ち合わせをしましょうとその日のうちに待ち合わせることに。




そしたらその人は既に、トラクターで来ていて、今からやりますよとやる気満々。
前にもお願いした方で、偶然、この土地の前の持ち主さん。
「田圃だった頃、親父と来ていたのが懐かしい。ここにくるのが嬉しい」って、ありがたいことに今回もニコニコとこちらの注文は何でもやってあげようと云ってくださる。




ということで、
3日で出来てしまいました。
鹿用のネットに囲まれた畑です。
土地全部をネットで囲んでもよかったのだけど、20年以上毎年鹿の餌場であった既得権もあるから、半分だけ囲むことにしました。
暫らくこれで様子を見ましょう。





出来上がりを見に行く日、朝のテレビに「不耕起農法」の農業塾のニュースをやっていて、なんとグッドタイミングだと、その人の本をメモして取り寄せてみた。
本だけではわかりにくいが、それでも参考になって、こんなにグッドタイミングなありがたいことはない。



畑から藁や杭を運ぶため、以前の職場の先輩に軽トラとお手伝いをお願いして来てもらったときの事。その不耕起農法の著者の話をすると、なんと同じ町内の人だと。
それで思い切って直接連絡してみたら、
なんと、今年から私の町で、農業塾をするのだと。
ご自分の畑も、遠慮なく見にいらっしゃいと招いて貰っています。




不耕起農法というのは、土を耕さない、草を生やす。
ただ枯れてしまってもこれが自然だというのとはちと違う。
今まで知識としてわかっていたのだけど、作物を育てる為の自然との折り合いのつけ方は現実問題として深遠なるテーマを孕んでいて・・・^^
ご本人は「ぐうたら農法」と名づけられてるけれど、
とても即席でうまくいくようなものでないと思う。

たくさん勉強しなくっちゃ。

その先生の話や農業塾にも参加して、ここにもアップしていきましょう。



今は畑からお引越しの最中。
宿根の苗の移植をしたり、夏野菜を植える準備をしたりで大忙しです。
私にこんな力があったの?と自分でビックリするくらいよいしょって動いています。




今年の夏野菜がこんな形で育てられるなんて、思いもしなかった。
嬉しい。

春一番

05.04
Sun
今年も服部緑地へ。

二日目はおっとっとさんと。
カンカン照りの中、超満員!


シバ
5千人を前にたった一人でアコースティックギターのブルースです。
堂々の風格でした。30年前に聞いたデビューアルバムを思い出してしまいました。何十年も一貫してるからね、シバはすごいなぁって感動。

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光玄が名曲「悲しい夜には自由になれる」「緑の国から」
聞けてよかった!!






リクオ「ケセラセラ」ホンジのための曲と思って聞きました。
リクオのとき前に出たのですが、左隣に座っていた女の子も一緒に出て声をかけてくれます。
リクオのファンで始めての春一番だそうで、知らない曲知らない人ばかりだそうな。
私は73,74年の春一番にも来てるのよと年寄り自慢。^^




そうそう、右となりの男の子にも次の日、同じ席でばったり。
私が、「加川良が「下宿屋」を歌わなかったのが残念、AZUMIの時間がダラダラ長すぎるのよ。」って文句云ったら、お母さんが「それを云っちゃダメでしょ?」って声をかけてくれて、そのお母さんと私の間でニコニコしていた男の子はお母さんソックリだったので、てっきり息子だとばかり。
だから、「あら、今日はおかあさんは?」って思わず聞いたら。
「いえ、昨日が初対面でした」だって。


そのお母さんは初期のパーキンソン、片麻痺の方も二人みかけたかな?
だんだんそうなってくるのかな。それはそれで素敵なことだと思う。
春一番があってよかった。


おっとっとさんは今年も仕事関係の人に見つけられ、でも今年はその後輩の名前を思い出せずに、最後まできわどく話をあわせてるのに、あきれてしまう・・
私が「どなた?」って聞くと、「あ、自己紹介して頂戴」って相手に話させるんだよ。彼はエピソードたっぷり話したけど、名前は云わなかったのね。結局、わからずじまい。^^



三日目は故郷の幼馴染達と。
カメラを持ってなかったので写せなかった。


坂田明、古澤良二郎、、パンチの効いたブルース、
ふちがみふなと、大塚まさじと田川律。
昨日の人出とは違って、いつものゆるゆる調子で聞けてよかった。


売り子さんが高田渡の新しいCDを売っていたので買おうか迷っていたら、傍の男の子が色々と話しかけてきて、沖縄から来たそうな。
それで私の名前を教えてって。ようわからんけど、変な子だ。
高田渡のCDは迷った末に買う。
聞いてみたが、買わなくてもよかったかな?と思う。
レアな音源だそうだが、録音状態が悪い。
本人なら許さなかったと思う。





金子マリ。


とにかくかっこいい!

前を歩いたので、「マリさん、よかったです!」って拍手してしまった!
そしたら、
親指立てて「ありがと!30年やってるのよ」って。
かっこいい!!


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今回の春は

04.30
Wed
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年末に種苗店にじゃがいもの種芋を買いに行ったら、チューリップの球根をたくさんおまけしてくれて、今年の春の華やかだったこと!
八重咲きのチューリップは初めて。
派手です〜チューリップじゃないみたいでした。
売れ残りに福あり〜^



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ビオラは去年の夏、種を失敗してしまって、今年のビオラは神戸ビオラを買いました。



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桜草と忘れな草とオキザリスが一緒に咲いてくれてると、あぁ〜しあわせ〜って思います。



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この子の名前がわかんなくなってるのですが、冬を越えて大きくなってくれました。いい色合いです。植木鉢、ヒビが入って、絆創膏貼ってるんだけどね。



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温泉と宿場桜

04.20
Sun
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岡山県美甘村の宿場桜





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古くから山陽道から山陰へ抜ける、街道すじの宿場だった村。
川筋の桜が見事でした。
まるで花咲かじいさんが歩いたあとのような、そんな景色の村でした。




この川筋の対岸を歩いていると畑作業してる方が、持ってお帰りとウドをたくさんくださって、あらら、ビックリするやら嬉しいやら〜
帰宅しての薫り高いウドの芽のてんぷらが一番のお土産になりました。




ちょうど友人がこの村で「手まり展」を主催していたので、寄ってみたのです。
後醍醐天皇、、後鳥羽上皇が隠岐に流される途中の逗留地だった名残りで、「御所手まり」と名づけられた手まりが残っているのだそうです。


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真賀温泉

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湯原温泉に隣接する温泉で、秘湯。
この温泉館には湯船が5つほど。
どの湯船も、底の岩間から竹筒を通ってぼこぼこ源泉が湧出しています。
PH9以上ですから、アルカリイオン水を沸かしたお風呂みたいな。
しっとりどころじゃなく、ぬるっとするくらいの湯ざわりです。
竹筒と岩の間にタオルを差し込んで、竹筒から源泉を漏れないように出し、それを飲んだり目を洗ったりするといいよと地元の人に教えてもらいました。
39度で冬は寒いけど、一時間入ればすっかりあったまるそうな。


こんなに小さな建物ですもの。加温も水増しもないのは一目瞭然。^^
本当にユニークな温泉です。



蒜山高原、天岩戸神社の三分咲き桜。
京都は散り出し、美甘は満開。蒜山で三分咲きでした。
ちょうど東北地方と一緒。


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蒜山高原。

蒜山(ひるぜん)、大山(だいせん)、なぎせんと、この地方の山の名前は、山をせんと読む山が多いのはこの地方の特徴なんでしょうか?



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温泉と山桜と

04.10
Thu
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我が町から一山越えると、阪神地区ですが、
ちょうどその山越えの中腹にある温泉に行ってきました。
温泉宿のその名は不死王閣!
集まったのはがん患者のみんな!^^



ちょっと素人には聞かせられないような、コアな話題で^^、
楽しい時間を過しました。


この集まりはみどりさんたちが入院中の時のお仲間が続いているのだとかで、私もお仲間に入れてもらえて嬉しいです。
情報交換も貴重であるけれど、当事者同士の気の置けない会話が弾みます。




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道中の山はちょうど山桜が満開でした。
醍醐の桜も見事でしたが、こんな風に山を彩る山桜も綺麗。
この時期山に咲くこぶしの花も大好きです。




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醍醐の桜

04.07
Mon
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京都醍醐寺の桜。
京都でも、ま、ブランド中のブランドと言うか(笑)、
確かに見事な桜でした。時期的にも満開。いい時期でした。




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でもわかります?この人出の多さ!早めの時間帯に行かれることをお奨め。


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「判事の家」

04.07
Mon
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新刊のご紹介
「判事の家」橘かがり著


かがりさんのブログ↓

青でもなく緑でもなく




松川事件に関わった裁判長を祖父に持つかがりさんが、松川事件をアウトラインに浮かび上がらせながら、祖父、父を中心に一家の波乱の歴史を綴った渾身の一冊です。


ここにいつもコメントを書いてくださっている、たまかづらさん!
これからも続々と発表されていくご作品を、
必ず読ませてもらいます!


まずは初出版!おめでとう!!!

六度(むたび)の桜

04.07
Mon
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今週末で桜が満開となってきました。
明日はあちこちの学校の入学式。
桜はやはりこの時期に咲いてくれるのが一番。





病院の駐車場は満杯で二階の端っこにやっとスペースを見つけてほっとしたら、この桜が目に飛び込んできました。いつも下から見上げるばかりですから、上から見下ろす桜につい見とれています。
いけない早く検査結果聞きに行かなくっちゃとあわてて診察へ。



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実はこの桜、最初に病院に来た時も満開でした。
まだ周辺整備の工事が始まる前、この桜の下が駐車スペースになっていて、
そこに車を止め、診断を受けに行ったのです。
そしてこの桜の下の車に戻ってきた時に、
車はボンネットから屋根から桜の花びらが一面に舞い落ちていて、
「あぁ桜を見てもこんなに何にも感じないとは」と、
その時自分のおかれた状況をあらためて噛み締め直して車に乗り込んだのでした。


今年の桜を見る事が出来たよ。ありがとう。


検査すべてOK.次回から間隔をあけて、検査項目も省略となりました。
感謝。



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チベットのためのパレードとナベサダと祈りと

04.07
Mon
3月22日東京「チベット武力弾圧に抗議し平和を求めるマーチ」に参加したあっちゃんの日記から。
皆さんにも読んで頂きたくて転載させてもらいます。



奈良京都でのピースウォークと時を同じくしてということや、いかにもナベサダらしい渡辺貞夫のエピソードも嬉しい。







ニュースで知ったものの何をどうしたら一番よいのか、もやもやばかりがつのり、だから今回の行動はありがたかった。
日本在住のチベット人のひとたちを中心にチベット・サポート・ネットワーク・ジャパンが呼びかけて、いったいどのくらいのひとが集まるのかと思っていたら、
なんとなんと時間が近づくにつれ続々と集まってくるではないか、色とりどりに。
公園からはみ出しそうだった。
映画ガイアシンフォニーの龍村仁監督がおられてまず挨拶されて(ダライ・ラマ法王は第二番に出ておられる)チベット民族の性格に触れられた、
次に主催者のひとが「一番遠くから来ている人手をあげてみて下さい、まず北海道」と言われて一人の女性が勢いよく名乗りを上げたと思ったら「では九州」と続きつい私も手をあげたところ「ひとことずつしゃべって下さい」といきなり言われて、あれれ?しまったーだったが、ぎらぎらの太陽に照らされて立ち上がった。
何をしゃべったか忘れたが「ここで出会えたことの意味」みたいなことを伝えたかったみたい。太陽がやたらとまぶしかった。
この場所で抗議の声を上げる為だけにこんなに大勢が集まったわけではなく、ひとりひとりの祈りが魂の命じるまま、大きなひとつの輪となり、力強くこの日産声をあげたんだと思う、想像以上に! 待っていたんだ、こんな日を。

集会のあとの行進は夢のようにうねっていった。
その数約1000人と知ってびっくり!チベットのことでこんなに沢山集まったのははじめてという。
歩きながら、ふと歩道を見るとあの渡辺貞夫さん(ナベサダ)がいらっしゃる!さすが六本木、こんなときって思わず握手を迫ってしまう私はやっぱり気がついたらナベサダの手を握り、目で訴えた。
「わかってますから」と彼は言葉でエールを送ってくれた、嬉しい。





土曜の午後、静かに恋人とお茶を楽しんでいたひとたちがいつのまにか立ち上がって応援していてくれる、若いサラリーマンがカバンを提げたまま突然マーチに加わって、いっしょに声を出して歩いている、
私たちの横をずっと離れず歩いている中高年のサラリーマン風の男性も、意思を表して嬉しそうだった。

チベットにほんとうの平和を  もうこれ以上殺さないで

  祈りとともに見つめ続けてほしい   

              オーム マニ ペメ フーム



http://www.geocities.jp/t_s_n_j/


http://www.amnesty.or.jp


http://tibet.cocolog-nifty.com/blog_tibet

九条ピースウォーク

04.07
Mon
http://homepage3.nifty.com/peace_walk/Welcome.html九条ピースウォーク


今広島から東京までテクテクピースウォークが続いています。
もう、関が原を越えた辺りかな?


関西でちょこっとお手伝い参加しました。
彼等の為の夕食作りと宿までのお迎えです。



のぼりを掲げて歩くのが、ここに書き込んでくれてる「名もなき詩人」さん。遠路はるばる盛岡からの参加です。休憩してる時にもギターをボロンボロン弾いていたのですぐわかりました。


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彼等をお風呂から宿までお連れする時、私の軽に同乗したメンバーは、名もなき詩人さんと、ラップの二人組み。ず〜〜っとおしゃべりしていて、にぎやかなことといったら〜




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「オイラ、マサチューセッツから来たんだ」
っていうから、
「あーゆーごーいんぐまーさちゅーせっつ♪
ビージーズのアノ曲のマサチューセッツね。」
と、歌まで唄って返事したのに、
「ビージーズー??オイラたちの音楽とは違うぜ」
ときたもんだ。
さすがラッパー!ビージーズとは違うと一言言うのかなんてふむふむしてたんだけど、これ、そもそもが私の聞き間違いの誤訳かも知れん。
だって、「♪あーゆーごーいんぐまーさちゅーせっつ♪」って完璧にスカボロフェアのメロディで唄ってた〜
「♪あいむかみんばあっまーさーちゅうっせっ」だし。

「オイラその歌ビージーズには聞こえねー」って云ってたのかも知れん。

Free!Tibet!

03.19
Wed
チベット情報が伝わるわかりやすいサイト。





http://lung-ta.cocolog-nifty.com/lungta/







http://http://ymtk.jp/ladakh/2008/03/post_84.html




日本のマスコミが現状を殆ど伝えていない、伝えられない中、
ユーチューブの映像や現地からの報告は貴重です。





私の友人には複数がチベットを訪れダライラマに会っていて、彼彼女等と共に、胸を痛めています。
日本政府は中国に対しての植民地時代の非道な行為を認めなければいけない。その上で、中国のこの植民地主義の非道さを抗議できる国になってほしい。







殺すな!



アニミズム上等!

03.19
Wed
下の画像、気をつけて。ヘビの抜け殻です。

外壁にあったのを記念に。
2年前より小さいので同じヘビではないですね。
うちの外壁は脱皮するに好都合なわけがあるんだろうか。^^




住宅街の真ん中の家の坪庭なのに、毎年セミの抜け殻がころころ転がっているし、かまきりも産卵して、しじゅうがらやほほじろやうぐいすも。
一瞬イタチの後姿も目撃有り。









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おーまきちまきちあきなおみを唄う

03.19
Wed
趙博「AllThatJazzlive」のゲストおーまきちまき。


震災の時に一番に唄ったのが彼女です。
おにぎりを作って、一人で「おにぎりあります」とテント生活してる人たちの場所を回っていました。



ちあきなおみの、あの曲をジャジーに唄っています。










そして「私の青空」
洗濯板でジャグナンバーもお似合い。






It's a sin to tell a lie

03.19
Wed
趙博「All That Jazz 」ライブです。
ライブハウスは二条城傍「夜想」。かつての百万遍の「C&C」みたい。


先日馬頭琴、トンブラライブの帰りに、学生時代の小さな洋食屋さんがまだあるのを見つけてびっくり。懐かしくって中に入ったら、壁にこのライブのチラシが貼ってあるのでまたびっくり!
そしたら店の奥から「僕も出ます」とドラマーが出てきて、またまたびっくり!^^
お店はカウンターだけの当時より3倍くらい大きくなっていて、マスターも息子さんに代替わりしてましたが、この「夜想」ライブにその昔のマスターがご夫婦で来られていて、またまたまたびっくり!
ずいぶんおじいちゃんになってられたなぁ〜
時間が経ったからね〜なんて感無量。
でもジャズライブに来てくれるんですもの。やっぱり洋食屋さんのマスター!
当時は一般家庭にオーブンなんてなかったですからね。
ここで食べたグラタンやタンシチュウがご馳走でした。
ビバ!「Kitchinゴン]!


さて、ライブは、ラインナップがよかった!
「Everybody Loves Somebody Some Time 」「.It's a sin to tell a lie」 「Smile 」「.Get Out And Get Under The moon 」「奇妙な果実」ジャズナンバーが中心。
「ピアノマン」よかった。
「セノヤ」と言う韓国の曲もなんてかっこいい、インプロビゼーション!




動画では奇妙な果実をアップしたくて、フリーの動画編集ソフトを試していたのですが、ずれてうまくカットが出来ませんでした。残念。

息子プレゼンツだったソニーのサイバーショットは自前でカットできたのに、今のコンデジはそれができませぬ〜
あきらめて容量範囲内でアップしていた」「.It's a sin to tell a lie 」をどうぞ!

「嘘ついたら針千本の〜ます」
↑趙博の名訳。^^



悪意でもなく善意でもなく

03.18
Tue
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数キロ先の田園地帯の大規模工事が本格的に始まってから、私が借りている畑周辺にカラスが急増!カラスは遊び好きだとは聞いていたけれど・・・




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↑このイチゴ苗にかけたネットの余りを入れていた袋を毎日のように外してくれる。外した袋が風で周辺の田に飛んでしまうと迷惑なので、そこでその袋を紐をしばってみた。ちょうちょ結びで。
そしたら、その結び目もほらほどいてる。
器用ね。あきれる・・・
結び目をほどくのに時間がかかるからか、充分楽しいからか、袋を外すことまではしてない。ので、対抗策としての丸結びはまだ勘弁してやってるんだわ。




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でも↑この陽気で一気に活気付いてきた玉葱の葉をプチンとついばむし・・・食べもしないのに。
マルチを抑えた金具をポイポイ引き抜くし・・・
行く度に抜かれた金具をひろってマルチを押さえてるこの頃。
これって、おちょくられてる・・?



遊び好きだとは聞いていた。
これは悪意でもなく善意でもない。
と、冷静に冷静にと、自制する日々。^^



まだこのカラスたちが長逗留するようなら、でもなんとかしなくっちゃ。
キューリネットを被せたらいいとか、ヒモを張り巡らせたらいいとからしい。



これはどうだろう?ん〜(笑)



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農業亡国

03.18
Tue
「デイアフタートゥモロー」の単語がこの光景にぴったりじゃないかと、嘆きともつかぬため息が。
我が町から数キロ先の町の光景です。



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このあたりはわが盆地の東側の山並みの裾野。
山からの湧き水が各家の庭先に引かれ、どの家にも小さな池を持つ、水の豊かな場所で、田畑の広がりが波打つように夕日を受けて輝いて、いつ来てもトトロの住む場所みたいなところだったのですよ。
去年の稲刈りが終った頃に一斉に工事が始まり、この始末。
道路建設と共に圃条整備が大規模に行われています。
これから2年間は工事中の為に、お米が作れません。




昭和初期ではあるまいし。
いくら田の形が真四角でなくても、耕作機器や軽トラの入れない田が今時あるわけじゃなし。
なんでこんな事をやるのか、意味がわからん。



熱心で誠実に農業に取り組んでられる方々がいるのはよく知ってる。
でも、それは未だにとても少数派。全国にぽつぽつだから目立つということでもあるんだ。
農業現場には殆ど優秀な人材がないといって過言ではない。
農協は高額な農業機器のセールスマンみたいだし、
農家は次々モデルチェンジする高級車なみの農業機械のローンに追われ、子供を農協に就職させたがっている。農協に勤めた子供は孫を都会の大学に進学させ、孫は都会の一人暮らしで神経を病み、鬱かドラッグ。

農業亡国!



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この地域では、あの郵政民営化選挙の時の抵抗勢力が野中親分で、当選した刺客が農協トップなんだよ。ご祝儀かも。

わけわからん!こんな工事!

僕がつくりました

03.08
Sat
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名刺をつくりました。
発注したのは、淡路島に住むひろ君です。




http://blogs.yahoo.co.jp/hiro155055/folder/970267.htmlひろ君はこんな少年。↓





http://www.accessint.net/user/dis/dis1.html





10枚300円。こまかい注文にも答えてくれて、ああ見えて^^、仕事も速いです。

旬!初物!

03.08
Sat
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神戸のきょんちゃんから手作りの「いかなごのくぎ煮」です!!!
ありがとう〜〜!

形大きさが一番美味しいまさに旬の初物を頂きました。


神戸から明石にかけては、この時期、家々からいかなごを炊く香りが漂ってくるんだそうです。
春の風物詩ってちゃんとシールまであるんですね〜



明石海峡はこの時期最盛期のいかなご漁が、あの事故で出来ないってニュースを見ました。
このいかなごはその直前だったから、ますます貴重ないかなごくぎ煮です。
ありがたくいただきます!

モンゴルの馬頭琴、カザフのトンブラ

03.08
Sat
リヤス・クグルシンさんによるトンブラの演奏。
カザフ人の産婦人科のお医者さんなのだそうです。
日本にきて演奏で各地を回っていると、産婦人科医が少ない現状ですから、このままお医者さんとしていてほしいと言われる事があるそうです。それもいいかなだって(笑)





この演奏ツアーに同伴している日本人通訳が前説でこう云いました。



「みなさんはクグルシンさんが、カザフ人だからといって、
カザフスタンの国から来られたんですかと、彼に言わないで下さい。
彼のアイデンティティーの為にも、彼はモンゴルという国に住むカザフ人だと理解してください。
カザフ人はカザフスタンの国に住む者ばかりでなく、
アルタイ山脈ゴビ砂漠にもいて、歴史の流れに翻弄される移住もあり、最後は清朝の圧制を逃れてアルタイ山脈の南から北に移住し、そこがモンゴル国となった歴史的な経緯でモンゴル国の中のカザフ人としているのです。」と。



地続きで国境を持つということ。
想像は出来ていても、ついカザフ人ならお国はカザフスタンと安直に思ってしまう感覚がある事に、私自身もハッとしました。
そうか、だから、
日本国籍を持つから日本人だなんてことはないんだ。
なのにそのことを強制している痴的な浅はかさ
そんなことを改めてリアルに感じました。



クグルシンさんはいい声でした。顔はオマーシャリフ。



カザフのトンブラという楽器の演奏はめったに聴けないから聞いてみて。
カザフの人たちはトンブラの同じメロディーに乗せて、家族の誰もが自分のその時の心情をこめた詩を作り、次々と即興で歌っていくのだそうです。

生活の中に歌舞音曲が切り離せないものになっているのですね。
その民族の持つ文化度の高さに感動したと通訳の方が云われていました。











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ヨンドン・ネルグイさん。
モンゴルの無形文化財、馬頭琴の演奏スタイルは彼独特のものだそうです。
ユネスコが後継に引き継がなければならない芸術だと指定したそうです。
演奏に乞われて出かける以外は遊牧生活をされているそうです。
馬頭琴の多様な表現を生で聞けたことがよかった。顔は千秋実。