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夢ーみん庭日録
せっせとお庭をつくります。 さてさて  今日はどんな一日になるのでしょう

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辻本清美講演会に行く

08.27
Sun
IMG_0483.jpg


次の参院選は民主党と連携する。共産党は変わらず一人区も全部出す。
北朝鮮の経済規模は高知県と同じ。憲法は主権在民。憲法が国民を守り、政治の政権党からも守る働きとしてある。などなど。
メモは取らなかったので、書くことはできませんが、
云っていることはとてもまともでした。

でも歯切れ悪かった気がしたのは、私だけだった?
きくちゆみさんの話を聞いたあとだったので、
政治家としての話の限界を感じたからかしら。
会場にいる聴衆のことも考えると、あの論調なんでしょうか。
笑いなんかとらなくていいから、
きっちりゆってほしかったですね。ヤスクニは軍事施設だと。



フランスのリベラルに位置する大手新聞社が、今の日本の自民党政権をヨーロッパに持ってくると、明らかに極右政権だと評価したそうです。
民主党は右翼政党だとか。
あれよあれよという間に、こうなっちゃったかんじです。

ほんとに困ったもんです。

江州音頭で踊りましょう

08.26
Sat
帰りの時間もあるので、ほんの2~3回りだけのつもりで、
踊りの輪に入ったのに、踊りだしたら、もう止まりません。
2時間足らず、たっぷり踊ってきました。
まるで、ブレーメンの音楽隊のような、
その音頭とりは、音丸一座というプロの生演奏、唄です。
楽器は太鼓のほかに、エレキギター、ちんどんやさんが叩いてるような、木枠に入った金の太鼓のようなもの。
音丸さんの唄は去年聞きそびれていましたが、
今年は娘さんに代替わりしていました。
そしてその娘さん(孫)も何回か歌ってくれて、
確かにまだ歌い手として、未熟だけど、それがまたなんともブルージーで、よかったですねぇ。
歌詞を間違えたり、忘れた時に入るような、
「でーでーででででー~~~」がブルース!
「よいよいよいとまっかどっこいせのせ」の合いの手も好きです。
そうそう、これがヨイトマケの原形かって趙博が云ってましたね。

私はここの弥栄踊りに参加して始めて知ったんですが、
音丸さんたちのようなプロには、追っかけの踊り手がいるんです。
夏の間、追っかけて、祭りを踊り歩いているんですって。
彼らの踊りを見るのも好きです。
ちゃんとはっぴ姿で綺麗に独特の振りで踊るんですよ。
今年もなかなかでした。
あの手の振りは私も会得したかったなぁ。

河内音頭の方は、ステップだけで、いっぱいいっぱいでした。

ぱぎやんをどうぞ!

08.25
Fri
趙博からのBBC配信です。
ぱぎやん、だいぶ苦戦してるみたい。

行っておくれ!
趙博をみなさんに聞いてもらいたいのは、勿論ですが、
今回特に超お勧めは、全セッションに参加の大熊ワタル。
ハルマゲンのピアノは、またパギやんライブで接する時があっても、
大熊ワタルは、このをんな唄ライブでしかお目にかかれません。
あの甘いメロディアスなクラリネットは格別です。
どう甘いかを是非じかにお確かめを!


以下転送です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 残暑お見舞い申し上げます。
 BBCにて失礼いたします。
 本来ならば、お一人お一人にお便りすべきところ…
 不躾の段、平にお許しください。

 8月14日、私は「平和の灯を、ヤスクニノ闇へ・キャンドル集会」に
参加し、多くの仲間と共に歌いました。特に、金 学順さんの支援コンサート
を韓国内で200回開催し、201回目を大阪で、202回目を東京で行った
洪 淳官(ホン・スングァン)との再会は、この上ない喜びでした。子ども達と
一緒に歌う彼の姿に、私は「在日する」己の不甲斐なさを恥じた次第です。
台湾の原住民(原住民という言葉の方が、台湾では適切なのだそうです)音楽
グループ『飛魚雲豹音楽工団』の演奏は圧巻でした。記録映画も近日公開される
そうです。

 そして小泉は、8月15日に靖国に参拝しました。加えて、25万人もの
「心優しき」人々が、<慰霊・追悼>のために靖国で祈ったといいます。
15年戦争は侵略ではなかった、講義する中国・韓国がおかしい、誇りうる
日本及び日本人、アイコクシン … 日本全土が、そう唱和しているように
私には聞こえました。

 さて、2年前「おんな唄」を歌うに当たって、私は「戦争は男の論理、今こそ
命をはぐくむ母性を」「おんな唄で男である己の<男性性>を抉る」と考えました。
今、深く自己批判しております。何のことはない、テメェが「男」であることと
己の暴力性を、「優しい女」に頼ることで糊塗してただけじゃないか--全く以て
ご都合主義的な浅はかさでした。「母性」に拝跪したことは、差別意識の裏返し
でしかありませんでした。

 女たちの、意識的な、あるいは無意識的な<解放要求>をすくいあげることで、
戦時体制は、女達を<銃後の女>にしたてあげた。これは逆に言えば、<銃後の女>
になることによってしか、自らの解放要求を満たせないほど、日本の女たちは
閉ざされていた、ということでもある。(加納美紀代『女たちの<銃後>』 P.85)

 「兵隊さんは命がけ、銃後の守りはたすき掛け」と男たちを前線へ送り出した
軍国の「母性」…男たちは「突撃一番」を着装してオンナを、銃剣でアジアを陵辱
した--小泉、ならびに、小泉的人間は「それは侵略でではない」と言います。

   欲しがりません 勝つまでは
   贅沢は敵だ
   貯金で示せ 銃後の守り    

 今回のツアーでは、「銃後」に思いを馳せ、歌います。

 宣伝が十分でなく、私の非力故に、各会場とも「全く」といっていいほど
ご予約をいただいておりません。どうか趣旨をお含みいただきまして、一人でも
多くの方々にお越しいただきますよう、本メールでお願いする次第です。

 赤い「チラシ」には、「当日 \3,500」となっておりますが、現段階で前売りも
当日もヘッタクレもございません … 前売り・当日の区別なく\3,000にさせて
いただきます。マスコミ関係者の方々、できましたら告知記事だけでも載せて
いただけないでしょうか?

 皆様に窮状を訴えつつ、重ね重ね、よろしくお願い申し上げます。

              2006年8月22日   趙 博   拝。



     ●●● 2206年「おんな唄つづら折り」構成 ●●●

1  紀元二千六百年
2  蒙古放浪の歌
3  ほしがりません、勝つまでは
4  涙に濡れる豆満江
5  大きくなったら兵隊さん
6  命捧げて
7  春婦の哀歌
8  荒鷲慕いて
9  女工節
10 勝ち抜く 僕ら小国民
11 祖国と女達
12 星の流れに
13 一本の鉛筆
14 戦争を知らない子どもたち'84
15 亡霊達の行進

_________________________

8月25日(金)東京・門仲天井ホール
18:30 open   19:00 start
http://www5f.biglobe.ne.jp/~monten/
■ゲスト:寿[kotobuki]


8月26日(土)東京・門仲天井ホール
18:30 open   19:00 start
■ゲスト:中山千夏


8月27日(日)名古屋・Art & Music Space 源
18:30 open   19:00 start
http://live-gen.musical.to/


8月28日(月)京都・拾得
18:00 open  19:00 start
http://www2.odn.ne.jp/jittoku/
■ゲスト:ふちがみとふなと


8月29日(火)大阪・Rain Dogs
18:00 open  19:00 start
http://www.raindogs-web.com/toppage.html
■ゲスト:おーまきちまき


8月30日(水)広島・ムシカ
18:00 open  19:00 start
★広島市西区蟹屋 2-2-11 tel 082-506-2255

浮島丸の日  61年目 

08.24
Thu
浮島丸殉難61周年追悼記念集会に行ってきました。

写真の上でクリックしてください。大きくなります。
IMG_0442.jpg



IMG_0444.jpg


舞鶴に住むこと、両親が朝鮮で生まれたことなどなど、
この日の行事に参加したいと、この浮島丸事件にそれぞれの動機、縁を感じる友人達と、舞鶴に行ってきました。
私は去年青森県大湊港、浮島丸出港桟橋を訪ねています。
そこでヨイトマケノ歌を歌ったんでしたっけ。供養としてのつもりでした。
強制連行の過酷な労働によって建築された北洋館、大間鉄道陸橋、トンネル跡も目にしました。
戦争をしないという決意は、亡くなった方々の思いに寄り添うことでしか、実現しないのではないかと、改めて確認した旅だったのです。



父を亡くされたご遺族の方が韓国から。
IMG_0424.jpg


コーラス部の生徒達の追悼歌
綺麗な歌声。
歌詞カードを見ながら一緒に歌っていて、涙が出そうになりました。
IMG_0426.jpg





参列者300人が式典後、海に投げ入れた花
「アボジー」と大声で何度も海に向かって叫んでおられたのは、
ご遺族の方だったのでしょう。
IMG_0431.jpg


式典後、長く海を見つめる参列者達。
海を挟んで雲との対話みたい。
あちらとこちらの合わせ鏡になったのなら、
今日の日のセレモニーは、決して形だけのものではなかっただろう。と思う。
IMG_0437.jpg




IMG_0450.jpg

式典後、後片付けを手伝っていて、偶然お話したのが、
この像の製作者。地元の中学の美術の教師だそうです。
この像を作る作業の経過が、この事件の理解を深める経過だったそうです。
私が去年大湊港に行ったことを話しすると、
その方は一昨年行かれたとか。
「大湊では出港した22日に式典を、今年は50人の参加だった。
大湊も地元の小学校の校長先生の、消えてはいけない歴史として、
地元で考えていかねばならないと、
長年の努力、尽力をされてきての、追悼集会です。
こちらは助けた方。あちらはいじめた方です。
ここよりももっときびしい中での式典です。
当時の加害側の建築関係会社がまだそのまま残っていたり、
右翼からの妨害もひどい。
大湊と釜山、とここ。どこが欠けても駄目なんです。」
そう話されるお顔がやさしくて力強かったです。

出港した青森大湊港。
寄港して爆沈した舞鶴港。
到着する予定だった釜山港。

その3箇所で、
出発した日に、爆沈した日に、
そして着く筈であった日に、
海に向かい追悼し、
その日をならしめた歴史に向きあう。

参加したそれぞれの胸のうちにとって、
政治的行事、宗教的行事とも、云えるのかも知れませんが、
地元の方々のこの海難事故を忘れまいとする努力が、
それぞれの立場を包括するセレモニーを、
作り上げていることを、感じました。
参加させてもらってよかったです。


IMG_0461.jpg

20日海水浴できたばかりの五老岳展望台。
今日は場所がすぐわかります。
正面、奥の入り江が現場です。


また夕日で逆光の丹波富士、建部山ですが、
地元の人でもこんなに山の連なりがはっきり見えるのが珍しいのだそうです。
IMG_0469.jpg



帰路、綺麗な夕焼けの中、
車で綾部まで送ってもらいました。
せっちゃん、ありがと~。
おかげさまで、10分後に特急という、絶妙のタイミングでした。


IMG_0475.jpg

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竜宮浜

08.20
Sun
竜宮浜


この夏、行きたかったところといえば、富士山が見えて、海に沈む夕日が見えて、砂山に体を入れられる浜のある海です。
しかしうちのおっとっとときたら、この夏もやっぱりろくに休みがありませんでした。
やっと今日一日フリーデイということで、
海に行こうかと、朝突然持ちかけてきます。
ま、希望するところの条件の一つは満たしてるっちゃぁ、満たしてます。

行き先は舞鶴湾の竜宮浜とおっとっとが目星をつけて出発です。
日曜日ですがお盆すぎなので、人出はまばら。
綺麗な砂浜で海も少々波高かったですが、くらげも出ておらず、
海水浴には絶好でした。
右端にうっすら見える三角の島が冠島。確か記紀にも出てくる神話の島です。多くの野生種の鳥の生息地でも有名。

波消しブロックの真ん中に停泊中の船は何してたんでしょう。
たまに2~3人が海に潜っていました。
ジェットスキーが波消しブロックの外側をサーキット場のように走り回っていました。
殆どの海水浴場で禁止になってしまい、こんなところにまで来ないととばすところはないのかな。

海にも入って、砂山にも埋もれて、
おっとっとと二人、長いことこの景色を眺めぼ~っとしていた時間が、一番長かったかしら。
数人の女の子グループが海から「浮き袋貸しもらえませんか~?」
と声かけられましたもの。
どうぞどうぞ貸したげました。



朝8時過ぎに家を出て2時間足らずで到着です。
高速が繋がって早く海に行けるようになりました。
子供が小さい時は3時間以上、途中休憩必ずしていました。
道はこんな風な丹波道。
小山の連なりの合間合間に農村風景です。
名物は猪のボタン肉、松茸、栗、豆、山の芋。

道中の道はまだ工事中で一方通行の箇所があります。
一昨年の由良川の決壊の時、道路が陥没してその修理がまだ続いているんですね。バスが立ち往生したあの集中豪雨の時です。
由良川の上流あたりでは道路がすっかり片面なくなったままでした。

丹波道


これはちょっと変な風景だと思いませんか?
どうなってるのかしら?
山のてっぺんにひときわ大きな木がたってるのかな?
どうして頂上の木だけあんなに際立ってるのかしら。
山の木


道中目の前にあったのがこの雲。
おいしそうです。
雲2



雲といえばこの雲が私達が海にいる間、ずっと動かずありました。
大気が安定してたんでしょう。あの雲うごかないねぇなんて眺めていました。
雲



帰りに寄った五老岳スカイタワー展望台からの眺望。
ガラス越しの撮影なので反射光が入っています。
舞鶴湾です。
舞鶴湾の一番奥まったこの入り江の中は、見事に波が消えています。
かつて日本海側で屈指の軍港であったところです。
広島、長崎と共に原爆投下候補地の一つでした。
今も自衛隊がここからイラクに向けて護衛艦を出向させています。
同時に岸壁の母の、岸壁や、引き上げ記念館もあり、
私は24日友人達と、浮島丸の慰霊祭でまた舞鶴に来ます。
自衛隊の立派な艦船がたくさん目に入りました。
ちょっと、ヒズボラな気分になりました。(うそ)
湾




おっとっとがよく釣りにくるあたりだそうです。
湾の一角にロシア船から降ろした、貯木場があり、その傍で釣りをしていると、ロシア人によく声をかけられるそうです。
鯛は大きくなると外洋に出てしまうけれど、
チヌはこの湾の中にいてくれるのだとか。
湾2



丹波富士といわれる建部山
東側斜面は一面こぶしの木だと説明されていました。
早春に見に来たいものです。
丹波富士




帰路舞鶴市街
町全体がシャッター街のような寂れた雰囲気でした。

IMG_0416.jpg

プールへの道

08.14
Mon
今日もしっかり暑い。
うちのおっとっとが夢ーみん庭の草刈りに行って、なかなか帰って来ない。ふうたと一緒にのぞきに行くと、なんと汗一杯になって、木を一人で切ってる。DIY店でのこぎりを買ってきたとかで、物置小屋の屋根に被さっていた梅の木の枝を払い、名前の分からない木を一本きれいに切ってられましたわ。
私はこの暑さと、昨日のプールの疲れと、クーラーかけて寝た後の頭痛で朝から体力不調。とてもお付き合いできませんでした。

きのうプールへの道をデジってきました。

ここがプールへの道のスタート。
隣町の国道のうらみちです。さぁ行くぞってスタンバるあたりです。
隣町には歯医者さんで通っています。
この歯医者さんの話はまたあとで。
道の初め



しばらくすると、珍しい柳の街路樹。
春の新芽の頃是非ご紹介したい。
冬ここを通る時、趙博の狼煙がぴったり。
IMG_0341.jpg



往路、この川の堰の水面が目に飛び込んできます。
運転中横目で通り過ぎるのですが、
デジルために車を降りて、ゆっくり眺められてよかった。
白い鷺が舞っていました。
IMG_0349.jpg


さぁ、到着です。
そう、大きなダムのそばにあります。
このダムを作る時に出てきた温泉を利用したプールです。
IMG_0358.jpg



駐車場のそばの里山。
春夏秋冬、季節ごとの移ろいをまた見てね。
IMG_0360.jpg



チョー綺麗な建物。
温泉とプールが続いています。
その前には体育館。
ダムからの川を挟んで、食堂や売店があって、そこの広い駐車場は
夏休みはドライブ、ツーリングで満杯。
でっかいバイクがズラッとならんで壮観です。
町立で、あっ、今年から合併して、なんとも間の悪い名前の市になりましたが、一応公営で利用料が安い。去年一念発起して年間会員になりました。10月で期限が切れるけど、また次も更新できるのやら。
IMG_0364.jpg

これは スカンポ?

08.11
Fri
スカンポ?


今日の気温は37度5分。

運び入れた紫陽花、ベンジャミン、バラなどの植木鉢は暫くそのままです。この暑さ、とてもおろす気になれません。
鉢植えはやっぱり過保護育ちです。

運ぶのはおっとっとがやってくれてよかったのですが、
家の前の道は車がビュンビュンで危ないことといったら。
長い上り坂の大きなカーブのちょうど真ん中。
上り坂初めにアクセル踏んで、さらに勾配がきつくなり、
もういっちょアクセル踏み気合入れて加速しながら、
カーブでハンドル大きくきってるあたり。
降りる時にも、慎重になります。

さて、上は以前、スカンポがあるわと見ていたら、
もうこんなに大きくなっています。
スカンポは食べる時期の姿しか知らないのですが、
摘まないで放って置いたら、こんなふうになるんでしょうか?
それでこれからどうなるんでしょう?
秋までで枯れるならいいけど、ぐいぐい木にでもなるんでしょうか?


それからこれ↓
これはカンパニュラ?
アプローチの大鉢はもう何が入っているのか分からない程、
年季もの。
チューリップだけは掘り起こすけど、
宿根草の類はそれぞれ根っこの力に任せっぱなしで、
出てきてくれるとうれしい~。
そのうち忘れて、つい抜いたりもしばしばあり。
どうもカンパニュラの葉のような・・
でも、このまま冬越すのかなぁ?
カンパニュラ?

走行中の撮影は 

08.09
Wed
あぶないですよね。
でも、実はのろのろ運転ならできるかとデジカメを、スタンバってみましたが、正面でのショットがなく、諦めました。^^

昨日は台風が来るというので、奈良へのお出かけは早めの帰宅になり、
帰路はちょうど素晴らしい夕日。
信号待ちだけでは、やはり、思うように撮れませんでした。


IMG_0325.jpg



ここは阪和をわたる手前。
生駒山系の空が夕日を受けて、素晴らしかったです。
IMG_0326.jpg


乳房雲に近い形です。
気圧の大きな変化のある時に出来る、特徴ある雲の形。
IMG_0327.jpg


京奈和自動車道にのる手前の信号で。
さよなら 奈良の空。
IMG_0331.jpg

脱皮

08.07
Mon
IMG_0230.jpg


朝、水やりしようとブロック塀においたプランターに近づいたとたん、こんなものがぶらさっがってた日には、まぁ!あ~た!びっくりしましたよ!
長さは一メートル20センチくらい。
それがぷ~らと風に揺れていました。

よっくみると、脱皮したてである意味とても綺麗です。
こんな精巧な細工、しかも繋ぎ目なしで、とても人間の出来る技ではありません。





蛇の苦手な方(わたしもそうですが)、下の画像はご注意を。

    でも、脱皮のあとの抜け殻よ。中身は空っぽよ。




IMG_0233.jpg


IMG_0234.jpg

現象学の逆襲

08.06
Sun
とんぼ


とんぼのご訪問です。
今年はもう色々な種類のトンボをみています。
時期的に早すぎるんじゃないか?と思うものもあります。
昆虫たちにも大迷惑かけてるのかもしれませんね。
この環境の変化は、人間のなせる業ですもの。


邑神宮の前に車を止めて、2~3歩歩いたところで目の前に
カタッと音がして蝉が落ちてきました。
びっくりして、おいおい大丈夫?と声かけました。
ほら、サルも木から落ちるって、あれだと思ったのです。
蝉はしゃがんだ私の方を向き直し、うんうんと頭下げてうなづいてます。いやほんとに(笑)。
そっと撫ぜてもじっとしてるし、こちらに向かってヨチヨチと歩いてくるし、私はじゃぁね、しっかりね。なんて声かけて、(いえ、まわりには誰もいなかったのですよ。普段昆虫に話しかけたりしないです。急に目の前に落ちたから、びっくりしたんだと思います。大変救急車呼ばなくてもいいかしら?みたいな。)その場を離れました。
神宮から出てくると、同じ場所でまだヨチヨチ動いています。
ここでやっと、事態を理解。
カンカン照りのアスファルトの上は、辛い気がして、そっと手に包んで、神宮の中の日陰の土の上においてやりました。
手の中でブ~ンと、羽音を立て、土の上におろすとまたヨチヨチと歩き出しました。でもまた飛び立つ気配はありませんでした。

家に帰ってこのことを話すと、うちのおっとっとさんが云うには、
蝉が7年土の中幼虫ですごし、7日間だけ蝉になって一生を終えるのは、
別の見方として、
土の中で7年生きて、7日間子孫を残すためだけに蝉の姿になる。
つまりまた7年生きるための、そのための形態としての蝉ともいえ、
蝉の姿が成虫というのは人間の解釈のことで、土の中の7年が彼らの生きる姿かもしれないという見方も出来るのだそうです。
ん~・・・
なるほどそうかぁ。

先日、夢ーみん庭をお花畑に変える計画に、
「でもあそこは誰にも見えない場所なのに」
と、ケチつけるので、
「あら、それは現象学の限界ね。誰かに見て貰うためにやりたいのではないのよ。」
なんちって、うちのおっとっとさんを黙らしてしまったことあって。
その時の借りを返されちまったかんじ。^^

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