CALENDAR

« 2007.03 »
S M T W T F S
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近の記事

カテゴリー

最近のコメント

月別アーカイブ

金魚clock

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

FC2カウンター

夢ーみん庭日録
せっせとお庭をつくります。 さてさて  今日はどんな一日になるのでしょう

スポンサーサイト

--.--
--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

もうええやろう、石原さん

03.27
Tue
a005533920070301060207.jpg





石原氏優勢みたいですね。
しょうがないのかな、こんな国だから。




浅野氏は旧厚生省時代をよく知ってるんですよ。


「強度行動障害児者加算」を新設したのは明らかに彼の功績です。
これは自閉症児者の中でも最も動的な問題行動が顕著でケアが困難な為、受け入れてくれる施設もなく家庭でも多くの問題を抱える、障害のある方々の、居場所を作るための様々な試みを可能にしました。
地域で暮らすための通所施設、より家庭単位の生活を基盤にするグループホーム。これらはこの加算がなければ実現していない福祉ビジョンです。
宮城県がグループホームの数質とも充実しているのは、彼の知事実績です。
またこの方向性が介護保険のグループホーム作り、地域でのケアネット作りにも大きく寄与しており、高齢者福祉をも巻き込んで日本の福祉の大きな基盤の一つにもなりました。
つまり箱物作り、変化しない制度を適応させるだけの施策から、本人の生活の質、それを支えるケアの質を見るという方向性です。




一官僚がそこまで踏み込んだ内容を持つ支給枠を新設することは、皆無といえることで、本当に彼は当時傑出した存在でした。私たちが労組時代に厚生省交渉で獲得した件を彼は、「神風を吹かした」と評価してくれ、それは「もう神風は起きない」に続くものでしたが、無理なことは無理とはっきり表明できることも彼の力量でもあったですね。




厚生省といえば、ミドリ十字絡みのエイズ問題、それに随分前になりますが、岡光と言う人物もいて、あそこもまた、癒着の温床でもある中、私利私欲と最もかけ離れた人物であったことは間違いありません。





共産党が「石原が重症児施設を見学した時の感想と同じだと浅野氏も言っている」と流しているそうですが、
最も重度重症の障害をもつ方々、その周りに居るもの、
日本の人口の中で数少ない人数ですが、
重症児者を守る会を筆頭に怒ると思いますよ。
敵に回しましたね。
毎年署名集めを繰り返し、赤旗を売り込み、自らの組織拡大に夢中で、全く関係ない地方議会の選挙の度に、入れなければ子供の処遇が悪くなると、親御さんたちに足元をすくうような恫喝をしてきた、福○ホ○労は、福祉の現場において糞みたいな労働組合です。
医療分野除き福祉の現場で、全国組織は共産党のみ、独壇場です。各現場の単一労組を精力的に潰してきたのが彼らの歴史です。





東京での大票田での得票数を減らし、埋没してしまうことを一番に怖れての、浅野氏批判でしょう。





福祉の後退は国家財政基盤の危機の表れであり、破産宣告に等しいものです。何時も一番にこの分野から着手するのです。
普遍的福祉の反対勢力である選別的福祉とも云えるでしょうが、明らかにネオコン勢力の推進するアメリカ型福祉に日本は追随する流れです。
その時期としてはっきりしている分岐点は日本のイラク出兵以降です。





しかし、人を小ばかにしたような姑息で稚拙な、浅野氏批判で選挙活動するなよ!共産党!

ハンググライダー

03.26
Mon
DSC00652.jpg




お彼岸の日、ヌートリアと水鳥たちの池に行ったら、
池の反対側の空にハングライダーが!


気持ちよさそう~

鳥取砂丘で友達のしぶちゃんがマイグライダー持っていて飛んでいます。いいなぁって話聞いてたけど、実際見てみると、さらにいいなぁ~~!


後ろの山のはげた場所が飛び立ち地点だそうです。
風に乗ってぐるぅっと旋回しながら降下していきます。
体を折り曲げながらコントロールしてるのが見えました。
背筋、腹筋、腕力 鍛えなければ・・・






DSC00656.jpg










ピッタリ着陸地点に降り立ちました。


今日は絶好の風が吹いてるんだとおっとっとが云うてましたが、なんでわかるのか。^^





DSC00658.jpg

インディアン at the木屋町

03.25
Sun
DSC00573.jpg


ここは木屋町。
それなりの風情を持った通りでしたが、
今は、もう終わってます。





市営駐車場からの通りすがり、なんか忘れていたことが・・・
あ、そうそう、以前ネットで同じところでバイトしていた繋がりの人にまだあるか、見といてあげましょうと約束したんだったと、思い出す。
あぁ、なんて義理堅いんでしょう<私。

うそです。お腹がすいていたのでちょうどいいわと寄って見ました。




ありましたよ。山男さん。






DSC00566.jpg





40年以上前からのお店だそうです。
名物料理の紹介記事が店内にたくさん置いてありました。

そうそう、あの頃本格的なおいしいカレーはここでしたね。今も4日煮込んだスープに固めのご飯。スパイシーな香り、おいしかったです。





チキンカレー。800円。





DSC00564.jpg

羽を休める

03.23
Fri
先日ヌートリアと驚きの出会いをした池です。
見せてやろうとおっとっとをひっぱって行ったのですが、
ヌートリアは姿を見せませんでした。
出没は夕方からなのかしら。



ポカポカ良いお天気で水鳥たちが羽休め。


水鳥たちも羽を乾かす?




DSC00676.jpg









DSC00660.jpg








この子は一回り小さいです。
初めての越冬かしら。
もうすぐまた北へかえるのね。
ナビもなく、偉大なり~






DSC00666.jpg

a willow tree

03.22
Thu
柳の新芽。

この時期の柳の木は
赤ちゃん新芽をお守りしてるみたいです。
この葉っぱがグングン伸びて、
梅雨の時期に蛙が飛びつくのよ。



DSC00671.jpg

寒緋桜

03.21
Wed
お水取りが終わって春。
ここもそういわれる範囲内ですが、今年はお水取りが終わってすぐ寒の戻りで雪が降りましたよ。
日本一開花の早い伊豆で既に桜を見てきましたが、待ち遠しいです。



なんとか蕾はここまでに。
もうすぐですね。


DSC00646.jpg

弥生中期古墳

03.20
Tue
私の住む盆地の西と東の山裾には弥生中期から後期にかけての古墳遺跡が点在しており、今回新たに東の山裾から中規模な弥生集落跡が発見されていて今調査中。先日一般公開の説明会もありました。



この地は奈良平城京と同じ時期に国分寺が建立され、平城京と同じ条里制が敷かれていた遺跡もあり、お隣の京都より永い歴史を持つといわれています。
そのせいか私、1000年前位のものでは、ち~っとも古いと思いませんの。^^



DSC00649.jpg

オリオンの三ツ星と旧帝大の戦犯

03.19
Mon
DSC00631.jpg



西部講堂。
汚いですね。前の広場もすっかり駐車場です。
屋根の星も品がない。映画「パッチギ」の撮影で当時の再現としてまた塗り直したそうですが、やっつけ仕事でもう下地の青は消えてます。
1974年秋一夜明けて忽然と現れた三ツ星でした。奥平の三回忌の年です。大きさも形も屋根全体のバランスからしても、上手い具合で本当に綺麗でした。





その西部講堂の東大路通りを挟んだ正面に、博物館が出来ています。

DSC00632.jpg









DSC00636.jpg





教材として保存している資料の一般公開の博物館。
縄文期の土器から現代までの一級資料がたっぷり。
そうそう篠山を通過する時に前を通る神社に渡した後醍醐天皇の文書もあり。いっつも前を通る時気になる神社だったので、おもしろかったわ。
お得意のサル、チンパンジー分野も充実。



日韓併合時、朝鮮半島の古墳,遺跡の多くを大日本帝国が一斉に発掘、調査(盗掘、押収とも云う)したとのことですが、ここの学者も連れて行ったのでしょう。
その時持ち帰ったと推測される古墳出土品も多くありました。
天皇家のルーツの解明とその隠蔽と。
そうか、
今西錦司たちはその流れも知っていたのかと今頃ふと。




河合隼雄は全く別次元。

魯山人展

03.18
Sun
最終日、おっとっとを誘って行く。
この日娘が帰って来る予定が帰れないと続けて2度のフェイント。
ならば仕事してくるというのだけど、もう、目に見えて背中からさみしいさみしいのがっかりオーラ。
この展覧会がよかったと電話して教えてくれてた方がいて、ちょうどよかった。



娘は去年から仕事で初めて家からいなくなり、
おっとっとはそのことがとてもさみしそうです。
って、私とふうたがいるっちゅうのに。



まとまったこれだけの数は始めてみたのですが、
感想は、よかったです。
実際に使われる器として充分機能する美しさはさすがでした。誰も彼もが真似をすることで巷に似たものが溢れ、俗っぽいけらいもあるかな・・・ いや俗を極めた力は確かに。(ほめてるんだかどうだか^^)



DSC00620.jpg







DSC00624.jpg




友人、正確には友人の恋人に加藤唐九郎の最後で唯一の弟子だった人がいました。
魯山人展で電話をくれた方と話していて、
その人の事を久々に思い出しました。



弟子はとらない主義の唐九郎が即採用を決め、結局最後を看取り、残った作品の整理までをしたそうです。





あとは一人でコツコツ作っていましたが、
我が家に遊びに来てくれた時、せっかくだからと当市の出口王仁三郎の親族のおうちへ連れて行き、王仁三郎の作った耀椀を幾つも見せてもらうことにしました。
一つずつ丁寧に手にとって見ていて、
最後の一つを見終わってそっと手を離し、
「もう自分のしたいことがなくなった。」というのです。




それをきりに彼は陶芸をやめてしまいました。





今は故郷の沖縄に帰っています。
また会えるような気がしてきました。

四条烏丸 

03.17
Sat
DSC00615.jpg



四条烏丸交差点、東南角のビルが工事中です。
右手がシルクホールをすぎたあたり。
あのクレーン、どうやって降ろすのでしたっけ?

FC2Ad

FC2 / hty

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。