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夢ーみん庭日録
せっせとお庭をつくります。 さてさて  今日はどんな一日になるのでしょう

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とう立ち

05.28
Mon
DSC00932.jpg



ビオラが満開を過ぎとう立ちしてきました。
初夏から晩秋までの花にチェンジの時期です。


種からのビオラなので最初の苗が小さかったのと、
さあ今からぐんぐん伸びるぞという、お水取りの時期に冷え込んだのと、冬からずっと雨が少なく乾燥気味だったのと、私が花粉症と黄砂でダウンし、水遣りを満足にしてやれなくて、生育が遅れてしまって、まだ花に勢いの残る遅いとう立ちです。
種をとるように紫のビオラを一つ残して、あとはステラ、ネメシア、インパチェンスに交代しました。
ベゴニアはまだ。昨年から引き続き大きくなってくれてるのはピンクの一株だけなので、近々に購入予定。



ムスカリ、桜草今年もよく咲いてくれました。
チューリップは球根が不揃いで花も小さかったので、来年まで太るように肥料を足しておきます。

そうそう、ジキタリスが小さな鉢の中で今立派な花を咲かせています。

DVD三昧

05.28
Mon
新しくレンタルDVDやさんが出来ました。
おっとっとが借りてきて、それを返す時に私がまた借りてきて、それを返す時に二人で行ってまた借りてきて。捜してなかったものが、次ぎ返しに行ったらあったりしたものだから、
久々の映画DVDの日が続く。

でももう、この連鎖、いい加減にしよう。



毎日映画見ていたら本を飛ばし読みしてるみたいな感覚で、映画を見てるようになりますね~
今日、テレビをつけたら、新鮮でした。吉本新喜劇。^^




インハーシューズ
ん~ 安易。
シャーリーマックレーン、またこの役どころ?
シャーリーマックレーンには失礼な例えですが、黒澤映画からここ最近の寺尾なんとかみたいな使われ方されてません?





モーターサイクルダイアリーズ
チェゲバラだからなんとか見られたがそれでも少々退屈。
この作品、もしチェゲバラだとの説明なく見て果たしていいか?
マイルスデイヴィスを知らないでカインドオブブルーを聞いて名盤と思うかどうかみたいな。





キャッチ22
一回では理解したとは自分で思えない。
よくわからんけどでも退屈ではなかった。
サイモンが出ていたのが嬉しかった。






ミリオンダーラーベイビー
これって最近のアカデミー賞ですよね?
とても古臭い。
それは私にとってはとっつきやすい映画ってことですが。
基本的にダーティーハリー以来好きなので、
硫黄島も借りると思う。





メトロポリス
トーキーの傑作!映像の美しさではNo,1。
エイゼンシュタインの好きな私は社会派好みなのかもしれませんが、ダリの美意識は十二分に堪能。
完全版がもうないとのことらしいですが、
あの口パク部分のせりふがほしい。




ベルリン天使の歌
今までずっと見逃していた作品。
やっと見れたわ。
ピーターフォークのコロンボってここからのリメイクだったんですね。
知らなかったです。





ラストタンゴインパリ
封切りを見ているのですが、テーマ、映画の狙う所という肝心部分が当時さっぱり分かりませんでした。
が、今回、とてもよくわかった。
自分の理解力の成長ぶりに気付きましたわ^^
マーロンブランドの老醜が印象的だったのに、
何のことは無い、むしろ若い。よく走っている。
ガトーバルビエリの音もフランスワインを飲みすぎて下腹が出たような音にがっくりしたものですが、
今聞くと、なかなかに叙情的でよい。
ん~汚れちまったわけではない。
この理解力の変化は年輪、奥行きです。
なんちゃって。



あと何を見たっけか?
とりあえず思い出す分だけ。

テディベア ペア

05.27
Sun
ひそかに「テディベア XL&S」と名づけている親子です。



あややは双子の一人ですが、テディベアXLパパはお出かけの時にはいつもあややばかりを連れて歩きます。
双子のもう一人はママと、あややはパパと。
家の中で共同戦線はっているのだそうです。^^




こんにちはとご挨拶するといつもこんな風に照れる、はずかしがりやのあややです。




DSC00960.jpg






でもカメラを向けると、
一気にこの顔!
びっくりしますわ~ どないなってるんや~



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宇陀の薬屋さん

05.27
Sun
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宇陀の町は柿本人麻呂が歌を読んだ有名な場所であり、古い城下町であり宿場町であり、古くから戦前、戦後まで薬屋さんの町だったそうです。
古い町並みが保存され、うだつの上がったこのお家は嘗ての薬屋さんとして一般公開されてます。
藤沢薬品や三共製薬だったか現在の薬剤メーカーに繋がる人材も数多く輩出しているそうです。



薬箪笥。
アンティックのこの手の箪笥が欲しかった時期があります。
しっかり技を持った職人さんしか作れない手作り箪笥。


DSC00966.jpg





子供時代見たことある看板もいくつか。
昔は薬草を主体にした薬学で、小さな薬屋さんが沢山あったんですね。


DSC00964.jpg





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コンニャクの花

05.27
Sun
DSC00970.jpg



画像が寝てしまって、すまん。^^



始めて見たわ。コンニャクの花。
おいしいコンニャクはコンニャク芋の味がします。

水平社宣言 発祥の地

05.27
Sun
DSC00945.jpg






宇陀まで行く友人の車に乗せてもらって、遊んできました。

途中神武天皇即位の場所といわれる縁の神社に立ち寄ったのですが、その場所が同時に水平社発祥の地といわれるところでした。
神社横に建つ水平社記念館にも寄って来ました。
あの「橋のない川」のモデルの村です。



一昨年、水平記(高山文彦 新潮社)を読んでいなかったら、知らない存在だった、松本冶一郎の大きなスーツの展示を見てジ~ン。
本を一気に読みながら、こんな人が日本人に居たのかと、感動するほどの人物像でしたから、これを着ていたのかと、しばし見とれてしまいました。



水平社宣言の記念碑も近くに。
いい宣言です。水平社宣言好きです。

DSC00948.jpg




立ち寄った神社はこういう場所です。
一応宮内庁ご用達みたいな場所として、橿原神宮があるのですが、それは戦前新築したもので、こちらが本物と公然と評価されている場所なんだそうです。
神武天皇の時代をどう考証するのか、とんでもないほど根拠の乏しい領域の史実ではありますが、一応宮内庁ご用達という権力側のご都合ストーリーを除いての学説の一つを私は今何やかやと辿っているのです。
今回もその旅の一つです。




DSC00935.jpg






神武天皇が即位して国見をしたというメモリアルヒル。
ほほまが丘。
そこに登ってみるとこの碑でした。↓




水平社は日本共産党と同じ年齢の団体です。
同じ時に産声を上げたけれど、日本共産党の謀略工作とは一線を画す活動団体ですが、時代、時の勢いという背景も設立の大きな要素です。
しかし、そもそもこの村にそれだけの人材がその時集まっていたというのも奇跡の様だと、この村に立ち寄って感じました。




オリジナルメンバーの一人、坂本清一郎が水平社を全国に広める活動をする仲間たちに、またこの丘で再会しようと呼びかける、この丘があの国見の丘だったとは。
感慨深い偶然でした。








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果樹園からのお誘い

05.11
Fri
DSC00924.jpg



http://http://0141kudamono.com/なかむら果樹園からの招待状が届きました。
産直の契約者へのプレゼントだそうです。
来られない場合は誰かにあげて、有効に使ってくださいと、表に書き加えてくれています。
行ってみませんか?



さくらんぼ 5月26日~6月20日ころ
もも    7月下旬~8月中旬 金土日限定
葡萄    9月上旬~9月下旬末


さくらんぼ、もも、葡萄のうち一つ
一人3000円の食べ放題の入場料を×3人分の無料招待です。


新宿から特急で一時間半。車も便利なようです。
近くに笛吹き川なんていい名前の温泉もあります。
ももの食べ放題って想像しただけで、至福~

菜園メモ 種蒔き、苗植え付け

05.10
Thu
昨日とはうって変わって雨。風も強い。
雨が上がっている隙を狙って、さっさ~と牛蒡の種蒔き、各野菜を植えつける。

あとはかぼちゃの苗とニラでスペースが埋まる。
かぼちゃは菊かぼちゃじゃなくって、エビス南京にしよう。



6月には前の人が玉葱とニンニクを引いてそのスペースが使える。
そこにはサツマイモとハーブの苗、ニンジン用にスペシャルな土作りをしておこう。
プリンセスダリアナも竹炭をプレゼントして鉢から下ろそう。



ここは貸し農園というより、使わせて貰っているという方が正しい。いくら云っても、「金なんかええ」って断られるんだもの。
前の人に聞いてみたら、盆正月にお酒を贈っていたとのこと。
私も8月になったら、ビール、
暮には日本酒を持って行きましょう。

存在の耐えられない重さ

05.10
Thu
「OはTに出会えて幸せだったよ。そう思ったこと云いたくなってさ」と、春一の会場でOの訃報を聞いたTに電話をした。




「ありがとう!」とすぐさま明るいトーンで返事が返ってきて、ちょっとビックリする。
「春一にあの時のみんなで行ったことって、あれって供養したみたいだったかもしれないね」というと、
これもすぐさま、「そうやで!」「あの時あそこに来てたんやで」って。とても明るくさらっと当たり前みたいに!



はは。何はともあれ元気になっていてよかった。
あの時木村充揮のピーヒャラのことをいうと、彼はえ?木村は出てたか?という。リストに無いから出たのでみんな大喜びしたんじゃない。ゲゲゲの鬼太郎とおどるぽんぽこで大騒ぎだったのよ。
「あぁ、おどるぽんぽこりんはうっすら覚えてる」だと。
私も膜がかかったみたいなシーンだったけど、彼も異次元に突入していたのか~^^



ちょうど娘がお参りにまた鳥取に行ったのというので、あの大きな旧家の実家の近くにお墓があるの?と聞くと、
「さぁ、どっちの墓に入るのかなぁ?」
えっ!?どっちって何よ。
「また再婚していたんだよ」
「その報告の電話を家にしてきていたようだが、僕は知らん。何も詳しいことは知らん。」




はぁ、今頃云うなよ。こっちはアル中完治しきれず一人ぼっちで亡くなったのかと痛ましい思いでいたんだよ。
そう云いかけそうになったがやめた。
黙っていたその分、その君の気持ちのほうがもっと重い。




Oと東京吉祥寺のぐゎらん堂へ行った後の春一番だった年。
ぐゎらん堂の店の人と天王寺の駅で会い、
「あ、君達こないだぐゎらん堂にきたね。今日はヒッチハイクで大阪に来たんだ。」
「わぁ~10tトラックだった?」
なんて会話をしたことや、ギター雑誌に載った会場の写真の一枚がOだったことや、今まで忘れていたシーンを次々思い出し、二人でしばしそんなお喋りをして電話を終えた。
次電話をする時は来年の春一番ね。




Oは思い出の中にいる。
重い体の存在を抜けた魂があの頃のOになって、Tのところに、私たちのところに帰ってきた。勿論、歓迎する。

元田中 三茶

05.07
Mon
5日、春一番から帰ってきた夜、眠れなかったので、また起き出して、写真のアップをしたりしていた。
どう解釈すればいいのか、それがわかればよかったのだけど、それが出来ずに、心が落ち着く場所を見つけられなかったみたいに。
久々の徹夜になってしまう。だから昨日はなんだかクタクタですごしてしまった。





4年前のいつだったか、春花の咲く前頃、
娘の美大に通う友人が個展をする場所の地図をファックスしてきた。そこは三茶という元田中の古い喫茶店。
故郷の中学高校から京都までずっと一緒だった友人が近くに下宿し、バイトしていた喫茶店じゃないか!
あの喫茶店がまだあることも嬉しくて娘にくっついて行ったのだった。





その友人は鳥取の大山の麓から来たOという同じ大学の同級生とルームシェアしていて、その下宿先の傍には、偶然故郷の同じ小学校で近所の幼馴染達がいて、皆音楽好きだったので、よく一緒にライブハウスへ行ったり、レコードを交換しあったりしていた。
あの頃それぞれのジャンルで皆プロになりたがっていたから、彼らの情報は頼もしかった。当時の京都の多彩な音楽シーンを楽しめたのは彼らのおかげであったりもする。
当時天王寺の春一番に連れて行ってくれたのも彼らだった。






そんな学生時代を経て、その鳥取のOが故郷が同じ一人と結婚した。
Tというとてもやさしい男で、ニッティグリティダートバンドが好きでフィドルだって弾ける。夜中もバイトして稼いでいたお給料は、彼の部屋に集まる皆の飲み食い分に消えていたけど、それで当たり前の顔していた気のいいTとOが結婚した。




そうそう、彼の母親もそう。彼の家は友人達の溜まり場で、母親はそれ専用にいつもきつねうどんのお揚げの煮付けがストックされていた。
突然何人もが集まってもいつもみんなにきつねうどんが出てきたのよ。
それがおいしいきつねうどん。




私はその頃の三茶にまた行って来た事を、Oに伝えたくって、故郷の姫路に帰った時連絡してみたんだ。
そうしたら彼の母親が出てきて、
もう何年も前に離婚していないと。
これは突然でビックリしてのリアクションだったわけだけど、
思わず、「どうして?」と聞いたら、
「私のせいだと云われてます」っておばちゃんが。
慌てる私におばちゃんは、今、小学校の校庭でお花見してるんだとTの居場所を伝えてくれた。
それで、本当に小学校を卒業して以来始めて小学校の校庭へ行って、そこで学生時代以来の彼らにまた再会した。
「ちょうど昨夜一緒に行った年の春一番をMDに入れた所だったよ」と、持ってきてくれるのもいて、桜満開の下でやぁやぁって再会。





Tに何も知らなくって力になれなかった事を侘びた。
事情は母親とソリが合わなかったことばかりでなく、自分が彼女に暗い酒を飲ませてしまったこともあるのだと言う。
キッチンドリンカーからアル中で入退院を繰り返し別の男性との関係もあり、それでも一緒に断酒道場に通ったりもしたけれど、結局最後は両親の元に帰って行ったと。






故郷にいる連中も「傍にいても何もしてやれず、どうしようもなかった」、と私に声をかけてくれる。
親元を離れて別の街でひとり暮らしをしているという、Oの連絡先を聞いてもTは10年近くが経ち、子供以外はもう関係がなくなったのだからと教えてくれなかった。





私も聞いたところでどう連絡するのか途方にくれるかと思い直したりして、それ以上聞かなかった。だから知らないまま。





5日、春一番で彼らと落ち合い会場が後半に入った頃、
Tが先月22日にOが亡くなったと伝えてくれる。
子供達とお葬式に行って来たんだと。
今日は会場にOも来ている気がして、会場をウロウロ歩いて姿を捜してしまったよって呟く。
そう、Oとも一緒の天王寺春一番だったよね。
この話、終了して別れ際に伝えるつもりが早くなってすまんと。




私は一人になりたくって、皆から離れて通路のコンクリートの壁にもたれて立ちながら「こんなことってあるんか。一体どうしたこった」訳わからない気分で泣きそうだったわ。



そうしたらね、よりによってそのタイミングで、
木村充揮が出てきてドカンと会場が沸いて、
ゲゲゲの鬼太郎と踊るポンポコリンで大爆発。




もう自分のキャパ超える次元に突入した気分で、
膜が一枚かかったみたいにその活況を聞いて、苦笑いするしかないように眺めていた気がする。





いとうたかおの歌はOのために聞こうと思った。
せめてしみじみしたフィナーレがすくいのようだった。





でも、とにかく今もわけがわからない。
君たちがあの頃と変らず音楽が好きでいてくれたから、
再会したおかげで、またこうして春一番にも来れるのよと、喜んでいるけど、でもそれは、Oに連絡することから始まったんだよ。
もう居なくなってしまったなんて。
一体どうしたってことだ。




まだ、連絡せずじまいのままじゃないか。

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