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夢ーみん庭日録
せっせとお庭をつくります。 さてさて  今日はどんな一日になるのでしょう

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ニョッキ!

09.29
Sat
DSC01559.jpg


稲刈りの終った田の囲いが無造作に置かれた隙間からニョッキ!

ニョッキってパスタじゃないのよ。
ニョッキニョッキと曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が畔のあちこちに伸びてきています。
茎がぐいぐい伸びて花だけがパッと咲くので、この赤い縁取りが毎年、突然の出現してくるような光景です。





今年は気温の高さのせいで、満開が10日ほど遅いらしいですが、お彼岸の頃には相も変わらず、出現する彼岸花。



この彼岸花の根っこは頑丈で有毒でもあるので、
モグラ除けになり、田の畔の保全にも役立っていて、お百姓さんたちはそのまま生えるがままにしています。
花を摘んで持って帰ると、家が火事になるとの言い伝えは花弁、花粉の毒性を忌避してのことだとか。

田畑の元祖抗がん剤みたいなもんでしょうか。抗がん剤もそんな植物、鉱物の特性を利用して作られたものです。




さてそのモグラ君、ミミズを食べるために、土の中をあっちこっち走り回っています。私の畑も穴だらけ。
その時に根っこが邪魔になるので、ガリガリしながら前に進むのだそうで、種蒔きした牛蒡は見事に土の上の芽だけになってしまいました。



でもただガリガリするだけじゃないね。
おいしい、おいしいとゴックンもしたに違いないわ。
いい香りだなんて。



夢ーみん庭に埋めた、チューリップとムスカリの球根も跡形も無く姿を消したのは、アライグマと鹿たちがムシャムシャしたからでした。
きっとナッツみたいにおいしかったんでしょう。


こんな生き物達の好物が、よりよくわかることばっかりしていて。自慢じゃないのよ。あ~あ。



咲き揃った、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)たち。



DSC01558.jpg

ひこばえと変化と実感

09.29
Sat
DSC01556.jpg



稲刈りの終った田んぼ。
稲の切り株からニョキニョキひこばえが出ています。

でも今年はなんか、ひこばえの背がことのほか、高いぞ~~

ビオトープみたいに水をぬかないままにしていたら、
また稲の穂がつきそうな勢いです。
二毛作できるようになったら、もう、ここは温帯ではなく熱帯ね。


地球温暖化も単にCO2の数値だけで決定付けられるものではないとの、見解もあり、特に、だから原発を増やすという方向には胡散臭さを感じる程なのですが、地球という惑星時間という捉え方をしてみて、地軸の傾きであるとか、氷河期からの移行期間とのお話を考えてみたり・・・
う~~ん、実感は、やっぱり変だ。^^
気温が上がっているという変化の中にいる気がしてしょうがないです。


今年の仲秋の名月は見逃しましたが、
次の日の夕方、月の入りの大きな赤い月を見ました。
その時、ヘリコプターが尾翼に赤い点滅の光を放ち、
私の住む小さな盆地を囲む山頂すれすれに、東から北へ爆音を立てながらゆっくり旋回し、去っていきました。
何してたのか?お月見クルージング?
いつもの伊丹に向かう飛行機の航路とは違う、そのヘリコプターの飛ぶ空が騒々しく、おまけに鳥がやけに甲高くいつまでも啼いてるし、
西の山裾の高速道路はピーポピーポのサイレンの音までも。
なんだか不気味な雰囲気で、ふうたを連れて足早に家に帰りました。
秋の始まりの夕時はいつもとてもいいかんじで、
こんなふうに、さっさと早く家に帰ろうって思ったのは、珍しいことでした。



その日の夜のニュースはミャンマーのデモがますますエスカレートしている事を伝えていました。そのニュースを見ながら、まるでここにまで不穏な気配が投影されてるみたいな夕方だったなぁなんて、思ったのでした。



平和なリアリティーは不穏な気配と紙一重であることを実感したみたいな、気分です。変かな。




自衛隊よ!イラク沖で油を売ってないで、
ミャンマーに向かい、アウンサンスーチーを解放しておいで!

何でもない空だけど

09.20
Thu
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昨日今日とここんところ、また日中は35度の暑さが戻ってきています。でも夕方からはひんやりしてくれてるし、空の色が違ってきました。何でもない空なんだけど、空の色に秋を感じます。



ここは京都の西、西ノ京、大枝、沓掛(くつかけ)のあたり。
筍や柿の産地なんですよ。
京料理って名づけられていますが、名実共に本当においしいお料理の数々はここの筍や柿の質の良さが示すように、京野菜のおいしさも大きく貢献しています。
丹波の松茸もほんとにおいしいし。



ここから老いの坂という峠を越えると亀岡盆地。
京都市内を通らずに奈良から生駒山の裾を抜けて枚方、八幡、淀、大山崎、ここ辺りの道は丹波街道と名づけられた古道の名残りです。
つまり平城京の頃から丹波をへて日本海側への街道筋が先にあって、その寄り道で平安京が作られているのです。
上田正昭さんという亀岡在住の歴史学者は日本海側が裏日本ではなく、古来より日本の表玄関だったとよく言ってますが、本来なら今のアメリカには表玄関ではなく、裏木戸かトイレの小窓でもいいんじゃないか。




今年初めて秋だなぁって思った空。



DSC01553.jpg







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やられちまったぜ!猫に。

09.20
Thu
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おっとっとがふうたを連れて畑に行った時。
畦道でふうたが猫といつまでも睨み合いをしている。おっとっとが近づくと、ふうたは援軍を得たかのように、緊張空間の均衡を破り、一歩前に出てワン!っと一声。


とたんに猫にバシッ!


ふうたはキャイ~ンと後退し、おっとっとのもとへ。
猫はおっとっとがふうたを連れ戻すのを見届けてから、悠々とその場を去ったのだと。



「こんな情けない犬、いやじゃ」
帰宅しておっとっとは盛んにぼやいておりました。



でもま、もうちょっとで眼球だったから、無事でよかったわ。

琉球魂

09.20
Thu
DSC01546.jpg



大阪大正区で開催された「エイサー祭り」に行ってきました。
もう33年続いている、関西では最大級のエイサーイベントです。
公園といっても小学校の運庭位はある広さの会場は人で満杯。
この踊っているスペースを囲んでシートを敷いた桟敷席があり、それをグルッと取り囲んだテントの中は30以上の沖縄料理が盛りだくさんの屋台。沖縄そば、ホルモンの串焼き、ゴーヤチャンプルー、モズクのてんぷら、泡盛のロック・・・
本場の味がおいしかった~~!


でもそれを食べる場所がキャパ超える人出の会場では、演目が見える場所にはなく、仕方なく、テントの後ろの音だけが聞こえる公園の外側の階段のまわりだったのよ。そこも人が一杯状態。



おっとっとはウロウロしてたけど、私は音だけで寿とその前の踊りしか、見られなかったです。
うちの息子は結局、階段で寝っぱなしだったかな?
あきこさんはステージ前に行く時一緒に拉致するみたいに連れ出したけど、無理につき合わせちゃったね~
突然の呼び出しにきてくれてありがとうね!





お目当てはこの二人、「寿」↓

DSC01548.jpg



出演時間は短かったのですが、よかったですよ~
ごろ寝していた息子からも、テントの外側でも一緒に歌い踊る人たちがいて、あれでは次がやりにくいだろって思うくらい盛り上がっていたよと、報告あり。



このイベントは無料なんだけど、入り口で会場のプログラムを100円で売ることで経費に充てているとか。
でもそのプログラムを買う人が少なくっていつも赤字のイベントなんだそうだ。


プログラムといっても立派な冊子になっていて、読むと、6月23日が沖縄では休日なのだということがわかったり、それは、沖縄の人が本土に来て6月23日が休日でないことに驚くという記事からわかったのだけど。


それぞれの出演者の寄稿文も掲載されている。

ナビイとナーグシクヨシミツの二人組み「寿」のナーグシクヨシミツのエイサー祭りによせてという長文を読んで、驚いた。
彼等のCDは持っていてファンであったけど、知らなかったわ。こんな文章を書く人だったのか。



エイサー祭りパンフレットに、掲載された、
ナーグシクヨシミツの
「エイサ-祭りに寄せて
勝たなくて良い、しかし負けてはいけない・・」
から一部分をアップ。






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私たちがここに在る事は一人ではなく膨大な命のつながりであり気の遠くなる血のつながりで守られている。
今日の日のエイサーの太鼓の響きに、三線の音々に血が騒ぐだろう。自分ひとりだけでは無い いただいた無数の命が肝ワサワサーするのだ・・。





この血の流れにいる先祖の霊は今の自分を見て何を思うだろう・・?
私たちは何をしたらいいのか?
沖縄は何処へ、どのように進むべきなのか?




今日の日にエイサーの音と共に想い、そして何より楽しみたい。
「勝たなくてよい、しかし負けてはいけないのだ」そんな琉球魂を胸に。





吉福伸逸講演会に行く

09.19
Wed
もう何年前になるんだろう。
こういう思い出しの時は息子が保育園何組みさんの時、小学校何年生の頃とかが、振り返る標識代わりになったりする。
でもそういえば、3歳年下の娘は標代わりにならない。
いつも手のかからない娘はおにいちゃんのあとをついているだけで親としての役割が、そう困難なものでなかった分、記憶に残っていない。
でも、その分、彼女は大学受験からがとても手がかかった。



それはともかく、
最初、吉福伸逸の講演会に行ったのは、ネルソンマンデラが来日した年だった。
東京での研修出張が一週間あり、そのあい間に日大講堂のネルソンマンデラ歓迎ライブに行き、新宿高層ビルでの吉福伸逸の講演会にも行ったのだった。
そうそう、その研修ときたら、東大医学部小児科の医師が「無脳児で出生した赤ん坊の生存率が上がっている。いずれ臓器提供者としての可能性もでてくるだろう」なんていいやがったりしたのだった。

名前は伏せますが、この発言についてはあちこち問題にさせていただきましたのよ。東大医学部小児科医さん。



それはともかく、
そのネルソンマンデラのライブはなかなかによくって、
主催者の一人は今はなきってまだいるでしょうが、^^
走れ走れコータローで、会場もいい雰囲気でした。
忌野清志郎が「ようこそマンデラ!」と叫んでのオープニングメドレーがとてもよかった。


そしてウエストロードブルースバンドが京都時代に比べても、無茶苦茶上手くなってるのに、感心していたら、マンデラ到着で彼等の音楽が中断されマンデラの挨拶があった。
マンデラはウエストのメンバー達に向かって、「あなたたちの素晴らしい音楽のルーツは私の故郷のものだ」とスピーチを始めた。とてもかんじのいい静かな波動が会場に広がるようないいスピーチが終り、またウエストロードだけのステージとなって司会者がもう一度やり直すかと促したのだけど、彼等はもういいと演奏を止めたんだった。


ウエストロードの山岸君は今アメリカで現地バンド組んで機嫌よく音楽やってるんだって。って、友達みたいだ。
友達じゃないんだけど、友達の友達なのでそこから聞いた。^^


それはともかく、
こないだそのマンデラ来日時以来、2度目となる吉福伸逸さんの講演会に行ってきた話。
日本での講演はこれが最後になるだろうということだったので、京都であるからには行っておかなくてはという、メモリアルな意味合いも込めての参加でした。

もう現役活動は引退されているかの発言もあったのだけど、「ヒューマニズムの危険性」という内容をまとめる予定だとか。
ビートニクについて質問してみたら、「ビートニクは、始まりはソロー、アドバイター。文学領域からの拡大であり、ジャズが影響を与えたのではなく、ビートニク文化の中にジャズを引きずり込んだ」とのことだった。丁寧に答えていただいてどうもありがとうございました。


以前のようなシャープな切り口でということはなかったですが、やはりさすがの吉福節で、楽しかったです。

以下、走り書きのメモを頼りに思い出せる範囲のフレーズを忘れてないうちに。


アメリカのベビーブーマー達の先端が、70年~80年にかけての文化を作り出す新しいフロンティアとしての役割を果たした。
健康、女性解放、環境、IT、ホリスティック医学・・
それまでの既存の価値体系を壊すことがアメリカのベビーブーマーの特徴。
それにたいして日本の世代、所謂団塊の世代は、
食べ物が充分にない体験をへておるために、
食べて行かなきゃ行けない、出来るだけ豊かな生活をすることが明確な目標となる。
自分を犠牲にしても組織のためにと繋がり、所得倍増計画時代を生き抜いてきた。
アメリカのベビーブーマーたちとの大きな違いは、団塊の世代の多くは一番先を走るのではなく、下支えをしてきたことで、自分の意思で歩いてきた意識がないのではないか。


団塊の世代が一斉に定年退職となり組織を離れ個に戻る。
その時そういった事態に個としてどう対応するか。
人生の大きな転機をスムースに移行するか。

そういった基本的不安を集合化して利用し、文化装置として作り上げる搾取形態が保険会社。


それまでの自分からパーソナリティーが変わるのか?


パーソナリティーの変化は情動と体から。
しかしめったにパーソナリティーは変化するものではない。

人の根底にははかりしれない強い保守性があり、
今の現状を保ちたいという保守性どう闘って行くか。
また人類全体としても、数多く長く地球を占有したいという激しい種としての全体意識がある。
変わりたくない、消滅したくないという、個、全体の保守性とどう戦って、移行していくか。


深層構造における不安はこの種としての保守性にふれると、驚くような安心、安定をもたらす。
だからどうたたかうか。
不安が高じると何も出来なくなる。
冒険心と勇気を持って個人の中にある集合意識にふれること。

すでに子宮の中から出生する変化を誰しも体験してきている。


人を許すことによって、自分では自分を許せなかったことが許せるようになり、個としての許容量が大きくなる。
そうすると、死とも充分向き合えるようになる。

まだ時差ボケで喋ったのでねむかったです。皆さんも眠かったでしょう。


以上。とってもラフな雑談みたいな講演でしたっ。

夏仕舞い

09.03
Mon
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あんなに暑いってへたれていたのに、
夏が終わる頃はいつも少し寂しくなります。


畑の夏野菜の収穫もいよいよ最終タームです。

何といっても梅雨時期の雨が少なかったことや、強風の日が多かったことで、スイカ、メロンがうまくできませんでしたわ。
あちこち送ってあげようと箱だけは見繕っていたのにさ。
来年への課題です。



でもこいつはとっても元気がいい。
かぼちゃがセロリを乗り越え、プリンスメロンを押しのけ、
なすびとししとう、ピーマンを巻き込み、
ぶらさがって大きくなっています。
そろそろ採らなくっちゃ。


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畔に咲いている鶏頭の花。サーモンピンクが珍しいね。

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ニラの花。純白の白さ。
食べたことないけど、花も栄養あるのかしら?

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お米は今、まだ青い田と黄金色の田がまちまち。
この差は田植え日の差です。
ちょうど一週間単位の差でしょう。
みなさん、殆ど兼業ですから日曜日の農作業です。


北海道の休耕田の景色が思い浮かんでくるわ~
自衛隊よ!屯田兵になれ!


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趙博 予告編「歌うキネマ」動画

09.03
Mon



浪速の唄う巨人ぱぎやん 趙博がこの秋「歌うキネマ」シリーズを連続公演します。その予告編動画です。ご覧あれ!

存在感そのものが芸であるともいえる、近年稀有なエンタテーナーです。
見る時は一番前に陣取りましょう。ご利益あります。^^

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