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夢ーみん庭日録
せっせとお庭をつくります。 さてさて  今日はどんな一日になるのでしょう

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波照間へ

06.02
Mon
P1020587.jpg




5月27日~30日波照間島へ行ってきました。
上の写真は宿からの眺め。




どんなに遠い所かと長い間行きたい願いを手付かずのまま置いておいたのですが、行くと決めれば行ける。^^スムースな行程でした。
関空出発から那覇空港で石垣行きに乗り換え、石垣港から高速船で一時間、飛行機なら20分、乗り継ぎ時間を入れて5時間足らずで到着です。



梅雨入りしたばかりの沖縄八重山の天気予報は雨。近くで台風まで発生してましたが、連日ピーカン晴れ、気温は34℃~37℃。雨具は使わずじまいですみました。
暑かったよ~
日本とフィリピンのちょうど真ん中の波照間島は亜熱帯モンスーン気候地帯に位置し、10月までこの調子の暑さが続くそうです。



帰宅してやっと昨日撮った写真を見て旅を思い返していました。
連日予期せぬことが起こり、毎晩、一日の終わりには「今日のサプライズは何?あれとあれ」なんて娘と指折って話していたほど、短いけれどたっぷり中身の詰まった旅となりました。


そして、この波照間への旅の感想を一言でまとめるなら、




嗚呼、また行きたや、波照間へ!










26日、関空早朝出発に備えて前泊した関空隣接ホテルは、ホテル側の手違いで予約した格安料金の部屋が用意できなかったからと、同料金でスイートルームに案内されて宿泊。
広いお部屋でした。3DKの間取りでDのスペースがバスルーム。





27日、石垣空港から離島桟橋へ直行。荷物を船会社に預けて西表島へ。マングローブの中を仲間川クルージング、牛車で由布島へ。
石垣島泊。ここのホテル一泊と往復航空券で3万5千円の旅行パックです。
この日のサプライズは、仲間川で私たちが乗っていたボートがカヌーで川下りしていた人をレスキューしたこと、それから由布島で帰りの牛車が先に出発してしまい、私と娘だけ別に牛車を出してもらって帰ったことかな。





28日、石垣島離島桟橋より高速船で波照間島へ
レンタルサイクルで日本最南端の碑まで。
宿前のニシ浜でシュノーケル。
アウエハント静子さん紹介の島の神司ミチコさんに島内を案内してもらう。
夜は偶然同じ日について同じ宿にいる人がミチコさんの親戚を訪ねるということで、ご一緒にどうぞとミチコさんからのお誘いです。
古いお家にて期せずして楽しいゆんたく!





29日、レンタルサイクルで星空観測塔でプラネタリューム。
ボートで沖合いに出て、ボートシュノーケリング。
海がめが泳いでいたよ。
ミチコさんの案内で島内めぐり。
夜、宿のヘルパーさんに誘われ、三線ライブへ。
南十字星が見えたよ。




30日、レンタルやさんで今日は自転車でなくバイクを貸してくれって云ったら、「娘さんはいいけど、あなたは危ない。私が車で連れて行ってあげよう」ってことになり、レンタルやさんのおじさんの車に乗って島の売店までお土産を買いにいく。
ちょうど「泡波」という泡盛の販売日でとても幸運だったとか。
数が少なく、いつ出来上がり販売されるかわからなくて、村の共同売店に出ると半日で売り切れ、島の人も一人一本しか買えない、幻の泡盛なんだそうな。
650円の泡盛が、石垣で2000円、那覇では一万円、それは儲けすぎだよなとおじさん。
私は飲めないからわからないけど、娘によると、感動的においしい!らしい。

ニシ浜でシュノーケルちょっとと、浜辺でぼーをたっぷり。
16時発の飛行機エアードルフィンで石垣へ。
那覇から関空へ着いたのが20時すぎ。
この日の一番のサプライズは、関空におっとっとさんが迎えに来てくれていたこと。
泡盛の入った重たい荷物を車に積んでほっ。

ソーキそばとマングローブと牛車と

06.02
Mon
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石垣島離島桟橋で昼食。八重山諸島での始めての食事です。
ソーキソバにはとうがらし入りのお酢をかけます。





マングローブの中、仲間川を遊覧船にのりました。




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この木の根っこは一年に4ミリ大きくなり、木の幹ではなく根の幅の大きさが年輪です。
樹齢600年の木。



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この川で採れるシジミは10センチ以上。大きいね。



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カヌーで川下りしていたグループの一人がギブアップし、遊覧船に乗船です。その間マングローブの枝に掴まって待っているメンバーたち。

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牛車に乗って浅瀬を渡り由布島へ。
由布島の植物園を出たら帰りの牛車はもういない。
行きに乗せてくれた牛の優作君にまた登場してもらい、娘と二人だけ運んでくれました。
水に浸かって休んでいたのに、ごめんね。優作くん。



いいよと帰る優作君。


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由布島はもう住人はおらず、植物園のみ。



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中に蝶々館がありました。


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↑の蝶々のさなぎ。黄金色。黄金のど飴そっくりの光沢。



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石垣島の夕べ

06.02
Mon
石垣島は八重山諸島の交通拠点であり、町には飲食店やおみやげやさんもたくさん。


テレビで見て知っていた「ハマサキのおくさん」という名前の魚はなかったけれど、この地ならではのお料理を堪能。


ミーバイのマース煮(マースは塩)

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アダンの味噌和え


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ヤシガニ汁
あと、モズクと、ジーマーニー豆腐のおいしいこと!

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おみやげやさん、店内。
キジムナーがかわいい。

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市内の公園の真ん中に大きな碑が。
実弾後の戦争遺跡でしょうか。


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「山羊の流儀」

06.02
Mon
レンタルサイクルに乗って、
日本最南端の島の最南端へ。↓


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島を走るとそこかしこに山羊がいます。
飼われているものは首輪か紐に繋がれているけれど、その山羊が産んだ子供はそばでウロウロしてるとか、そのまま野生になっているものも多いそうです。



この場所は毎日通った道沿い。いつも2匹の山羊がまったりしてました。


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星空観測塔の海側にいたとき、海を眺めて振り返ると、この二匹の山羊がピョンピョンとまるで私をめがけてるみたいに、どんどん駆け寄ってきます。
びっくりしちゃった。




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餌付けされてるから?と思うくらい、ピッタリ私の前で立ち止まります。
「ごめんね~何にも食べ物持ってないのよ」
と、声をかけると、にこっと笑(ったと思った)って、↓



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「ほら見て!」とばかりに、目の前でこんなことを。↓



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ほぉ~っとひとしきり見せてもらったら、あとは何の話をすればよいのかわからず、とりあえずその場を立ち去ります。まだ頭突き(?)をしている山羊達にさようならって声をかけました。
そしたらちゃんと振り返ってくれて、シャッターをきらせてくれます。


P1020445.jpg






シャッターを切った後、またこのスタイル。
これは波照間の山羊の旅人をもてなす流儀でしょうか。
海をバックにお気に入りの一枚となりました。



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「波頭・ゆんたく・オヤケアカハチ」

06.02
Mon
島の中を自転車でビュンビュン走り回りました。
サンゴの岩石が飛び出た原野、サトウキビ畑、八重山特有のサンゴの石垣に囲まれた家並み。人口600人の島はめったに人とも会わず、ひっそりと慎ましく受け入れる佇まいです。
島を巡る道はどの道も辿り付く所は海。




海は雄弁。



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宿前のニシハマでシュノーケル。

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夜はmisokoさん宅にお呼ばれ。
サトウキビ畑にまいたクローバーの種の余りをおすそ分けしてもらいました。
ちょうど、不耕起農法で使うのがクローバーの種でした。
うちの畑にまいて芽が出たら写真にとって送りましょう。
島の住人とゆっくりお話できて本当に嬉しかったです。
ありがとうございました。



島の伝説の英雄、オヤケアカハチのTシャツを着た次男のユキオさん。
そのTシャツを写真に撮らせてと頼むと、
「え~?Tシャツ?僕じゃないの?」って。(笑)↓



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オヤケアカハチは琉球王朝から、八重山諸島の統一独立の旗上げをした反乱軍の頭です。敗退、処刑されたものの、英雄として語り継がれ、波照間はその生誕の地であるとか。



コルネリウスアウエハント著「波照間:南琉球の島興文化における社会」によると、琉球王朝による八重山諸島への支配は過酷であり、1500年代初頭には人頭税が課せられ、薩摩支配下を経て、明治初頭まで続いたとあります。
人頭税は島の収穫の8割に相当し、それを貨幣に換算して上納するというもので、不足分は荷役など、重労働に置き換えられていたとのことです。
また人頭税の人数に対する課税に加え、漁をする船、網にまで課税されており、全ては琉球王朝からの預かり物であるという支配体系下での生活。それが1900年初頭まで続いていたという歴史に唖然とするほかなし。
その歴史の事実の下地が、大正時代に大阪東京で「琉球人、アイヌ人、朝鮮人」を檻に入れて「人類博覧会」を開催した時代に繋がるのですね。




過酷な人頭税支配を逃れて、村ごとソックリと台湾に移住した跡もありました。今も台湾の原住民の中に、波照間の言葉によく似た言語を話す部族がいるそうです。
波照間の言葉、波照間語は日・琉語族の特異に分岐した、極めて重要な言語であるらしく、沖縄、他の八重山の言葉とも違うものであったとのことですが、この言語の信頼にたる言語学的解説はまだ発表されていないと、コルネリウスアウエハント氏は著書の中に記します。
奈良時代の日本語との比較を誘うような特定の要素が残っている事実があるが、(中略)空間的奥行きや時間差はこうした孤立した島興群で重要な意味を持っていた。(中略)全体として、言語学的問題についていまだほとんど注意がはらわれていないのは明らかであろう。
と、アウエハント氏の悔しさが伝わる著述です。


1965年当時より、全琉的な「日本復帰運動」のために、少なくとも学校では日本語標準語の使用が協力に推し進められて以降、現在島文化の独自性に関心が払われるようにはなってきているが、しかし、日常語でも殆ど使われなくなったようです。




コルネリウス・アウエハント氏はオランダの文化人類学者で、柳田国男の薫陶を受けた直弟子という学者です。彼は文化人類学者として波照間に滞在し学術的テーマ以上に、この島に魅了され、妻の静子さんと共に長く深い交流を持ち続けたのでした。
今、静子さんはオランダの寡婦年金をもち、オランダと那覇を行ったりきたりしています。
静子さんはこの島の案内としてミチコさんを紹介してくださり、また彼女の実家が偶然にも私の家の近所というよしみでもあります。静子さんとミチコさんに感謝。




そうそう、種子島にポルトガル人が来たことは教科書にも載っていますが、それより前にポルトガル人が寄港してそのまま住み着き、一族を形成した歴史もあるのだとか。
潮流の流れから行くと、まさに玄関口でもあるんですね。
孤立した島ですから子孫をふやすために、島の外からの人を歓迎したとかも。
アウエハウント氏の妻の静子さんに島の長老が、「島の為にあなたに目を瞑ってもらって許可してもらえないだろうか?」とお願いされた事があるそうです。
オランダ人のアウエハント氏の子供を何人かの女性に産ませて欲しいと。



結果?島にはオランダ人ぽい人はいなかったよ。

「青空食堂・星空ライブ」

06.02
Mon
昼食は青空食堂で。


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文字通りほんとの青空食堂。
お料理のどれもおいしかったです。




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事前にダイビング予約がとれず、がっかりしてたのですが、
宿の前のニシ浜でのシュノーケルがあまりにもよいので、
二日目は星空観測塔でプラネタリュウムを見てから、ボートシュノーケリングへ。
舟で沖合いのポイントに連れて行ってもらいました。
珊瑚の広がった海底にたくさんの魚。
素晴らしかったです。海がめにも遭遇!



午後ミチコさんのお迎えで島巡り。
昨夜、ゆんたくでご一緒した仙台からの元国会議員秘書(長い^^すいません。名前失念)のおすすめの浜にも連れて行ってもらいました。



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↑わかります?小さなこの浜のすべてが数センチの大きさの珊瑚のみです。
昔からずっとこの浜はこの大きさの珊瑚のみだそうです。
どんな潮の流れの仕組みで打ち上げられているのか?
歩くとゴリゴリと音がします。


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夜、宿のヘルパーさんに誘われて牛小屋星空ライブに。
沖縄伝統民謡の三線ライブで、波照間で牛を飼いサトウキビ畑をしながら、年に何回かは、東京、大阪等でライブをされている後冨底周二さん。
よかったです。
以前伊良部島で聞いた曲、でも曲名がわからず「肝が大事」という意味の曲だったと、リクエストしたら、あれかな?どうかな?と思案して、ドンピシャでその曲をやってくれました。
感動!
誰かがビギンの曲をリクエストしたら、「それは沖縄伝統民謡ではない」と即反応したのもよかった。^^でもちゃんと演奏してくれたけどね。




電気を消したら空は満天の星!
日本ではここだけという、南十字星が見えました。
朝プラネタリュームの説明聞いていてよかったわ。すぐわかりました。
感動!




少しだけですが、周二さんのライブの動画です。



わざわざ長野からファンのご夫婦も来られていました。
5名集まればこの牛小屋でライブしてくれるそうです。




神司(かみつかさ)とともに

06.02
Mon
ミチコさんの案内で巡った島の風景です。


この島は旧石器時代からの集落遺跡があり、島の伝承はその時代からの神仕え(神さまとの付き合い)を延々脈脈と今も伝えています。アメリカのホピ族もそうですね。私の解釈でいえば、日本の天皇家もそうで古事記日本書紀に依って伝えられる所の先祖代々一族の歴史に沿って行事を執り行っている。波照間には古事記日本書紀はないけれど、何世紀にも渡ってそれぞれのムラ、各一族が厳粛に伝承し守っている宗教的諸相があるといえるのです。



それらの行事を担うのは全て女性。ミチコさんも神仕事をする一人で、御獄の一つの責任を持たされた司の一人です。
伊良部島に行った時は、御獄(おたけ、うたけ、所謂祈りのスポット)の地図もあり、普通に訪れる事が出来たのですが、波照間は違う。




集落、一族の御獄は厳粛に守られており、部外者はおろか住人でさえ許された期間以外は立ち入り禁止の場所が多くありました。
勿論私もそういう場所は近づいておりません。
観光客が多くなってそこが危うい事を懸念されておられましたし、
私もここには何も詳しいことは記さないことにして、ただ風景としてアップします。




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これは日本最南端の交通標識です。^^止れでした。


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また行きたや~波照間に

06.02
Mon
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レンタルサイクルやさんにバイクを貸してもらえず、お土産を買いに連れて行ってもらってから、あとは、最後の海をたっぷり楽しみました。



砂浜の砂の一粒一粒が白く輝いています。


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横の岩の上では、三線を爪弾く人が。
最後の海でなんちゅうピッタシのシチュエーション。
少しだけですが動画をとりました。










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帰路はエアードルフィン。機長を入れて10人定員の飛行機。20分で石垣です。
お天気もよくていい景色でした。
八重山諸島と珊瑚のリーフ。


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