
伊勢講の獅子舞。
人口密度の高い地域で高度経済成長時代をすごし、この町に生息し始めたのは社会人に成り立ての頃、世間知らずもさることながら、未知なる文化圏に遭遇するかのような経験もいろいろあったことよ・・です。
これは春を告げる(もうすぐ田植えだよという時期)行事・伊勢講です。
三重県の伊勢神宮界隈(詳しくは割愛)より、毎年この地域に出向いてこられ、各家軒先でこうやって獅子舞を巡行されます。東大阪の友人の地域にも来るそうで、関西圏だけなのか、全国区なんでしょうか?

「株内(かぶうち)の伊勢講の当番だから今年は忙しい」
という地元の方のお話はちんぷんかんぷん。
それは何?解説を聞くと、
株内とは本家分家筋の集合体のこと(家父長制の基本単位)、
その集合体で毎年お伊勢参りをしていて、その世話役を持ち回りにしている。
その順番が回ってきたということだそうな。
そんなことが、今の日本の民衆生活の底流に設定されているなんて、全く知らなかったので、びっくりでした。私がそこへ嫁に来てたら、どうなっていたやら。
#案外張り切って仕切ってたりして^^イヤイヤ・・
前回書いた農家の鑑みたいなおじさんは、宮中新嘗祭にお米を献上しました。
そのお米を作る田は前年から紙垂(しで・白い紙のひらひら)で囲み土を浄め、
厳選された米を選りすぐって献上です。
天皇に謁見する着物費用含め、数百万円を自費での行為は、自腹を担保することによって、自発行為としてるのでしょうが、そんなことが、毎年、この日本で行われてること自体に驚いたりしたものでした。
伊勢講も新嘗祭も神さんは天皇、いうなれば天皇教みたいなもんが、農耕民族のなれの果ての民衆の生活底流に様々な姿態で残存し続けていることに、ほぉ〜っと感嘆。
それで、これが保守の根強さであり、そこに食い込んでいける強みが、小沢一郎にあるのじゃないか。
次の選挙で彼の存在の利点はせめて、そこらあたりにあるんじゃないかと、
伊勢講の獅子舞見ながら思ったり。