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夢ーみん庭日録
せっせとお庭をつくります。 さてさて  今日はどんな一日になるのでしょう

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貞任峠

11.27
Thu
岩手県の厨川八幡宮に行ったことがあります。
3年前そこではじめて安倍貞任、宗則の詳細な話を聞きました。
ちょうどお祭りの日にあたり、厨川八幡宮境内にある貞任宗則神社を祀る地区の長老さんがお出でになって詳しいお話を聞かせてもらい、資料までも頂いたのでした。
あの長老さん、各地にあるゆかりの土地を九州まで尋ね歩いたと話されていましたが、今でもお元気でいらっしゃるかしら。安倍元首相が私のご先祖だと来訪した事のエピソードを「選挙目当てだよ」と笑っておられましたっけ。土地柄としたらいっちゃんの地盤ですね。


前九年の役に登場する安倍一族を私はずっと東北の一豪族の反乱だとばかり思っていました。その鎮圧を期に源氏が東北に勢力を持ち、義経の平泉行きと繋がるという程度です。


実際に東北に行って初めて知ることの多い旅でした。
アテルイとモレ達との戦いで朝廷軍の敗北は日本戦争史史上最大の少数勢力比の勝利の戦争であったそうです。水沢市の記念館はアテルイとモレの時代の遺跡から分析し、当時の蝦夷の生活・文化を紹介していました。現在の歴史教科書がどのようにアテルイとモレ達を記載しているかという、各社の教科書並列の展示も興味深かったです。
それと、東北が今まで一度も日本の中心であったことなど想像できなかったですが、その間隙を突くように歴史の舞台になっているのだと云うことにも驚いたのでした。
南北朝南朝の天皇が東北を北上し五所川原で亡くなり地元で手厚く祀られていました。
それは宮内庁すら認めていないし、勿論歴史の教科書には載ってない。でも青森県唯一の国宝がその天皇所有の鎧です。その鎧を眺めて公然たる歴史とはいったい何なのかとつくづく思ったものでした。

さてその長老さんのお話です。
安倍貞任達はアテルイとモレ達蝦夷が俘囚となったあと、その俘囚の長として東北を纏めていたが、朝廷との関係において、「もっと税金を上納してもよいから我々の待遇を改善してくれ」という謂わば条件闘争だったそうな。そこからの経緯は源義家ら源氏勢力の元が台頭してくるのですが、「炎たつ」という小説に描かれているらしいので省略。

話の前置きが長くなりましたが、
つい最近、ちょっとしたことがきっかけで、
車で一時間ほどの場所に安倍貞任の首塚があることを知りました。
3年前の東北での経験がありましたから、行かなくてはという気持ちにもなり、
先週おっとっとさんと行ってきました。


所は京北町です。
こんな近くにあったとは!
処刑の地は源頼家の領地、以降この地域は免税された代わりにいざという時、朝廷のために出動するという郷士の村ともなったそうな。坂本龍馬暗殺の最有力候補、十津川郷士と同じですね。おもしろいことにここの郷士は錦の御旗が江戸に東下りするときに、ピーヒャララと笛を鳴らす楽団であったとか。




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